第3話 ミアのレッスン
おとなしくレッスンを受けることにしたエリザとともに、王都の街路を三人で歩いていく。
「ちなみに、贈る相手がいることは聞いていますが、どのような方か教えてもらっても?」
エナの日が自身の面子に関わる以上、娘に意中の相手がいるかどうかは、親にとって関心事だ。もしいなければ親の方が候補を見つけ出して、適切な人物をあてがうなんてこともある。
もちろん、依頼する時点でエリザに意中の相手がいることをミアは聞きだしていた。
問題は、どのくらい本気か、ということなのだが。
「リーダム・バーグライトよ、一学年上の先輩」
「きっかけは?」
「ぶつかったときに、怪我して手当してくれたというだけ。今回父様が、相手がいないのか、とうるさかったものだから言ったの」
ぶっきらぼうに話す口調から、エリザがリーダムにそこまで入れ込んでいないことがわかる。
こんなお嬢様に見込まれるとは、災難な、と一瞬同情してしまう。
「で、相手がいることがわかったところで、どうするの、先生?」
「そうですね、向かいながら早速レッスンしていきましょうか」
エリザが問いかけると、こほん、とミアが咳払いした。
「まず、何を贈るか決める前に予算を決めましょう」
「ふ、普通は何を贈るのか決めてから、じゃないの?」
「そんなこと言っていたら、いつまで経っても決められないですよ。ある程度絞らないと」
「確かにそうかもしれないけど、贈り物って値段じゃないとは思うけれど、それでも高ければ高いほどいいんじゃない? 上限を決める方が失礼なような……」
納得いかない、というような様子でエリザが話す。
「例え話をします。エリザさんが誕生日プレゼントとして、ご学友から、下級貴族の収入一ヵ月分の値段の宝石のネックレスを贈られたとします。それ、受け取れますか?」
「う、受け取りづらい」
「ですよね。極端な例ではありますが、高すぎると逆に相手も受けとりづらくなってしまいますし、互いにプレゼント交換するような時には相手の方が気後れしてしまいます」
「なるほど、確かに私がプレゼント交換に参加した時にはやけに他の子がプレゼント忘れたって言ってたのはそのせいだったのかしら」
心当たりがあるようで、エリザが納得するようにうなずいた。何を用意していたんだ、いったい。
「かといって、値段の低いものを贈ってしまっても、エリザさんのおっしゃるとおり、相手に対して失礼になったり、信頼をおとしてしまうこともあります。相場を知って、自分の出せる範囲から値段を決めるのがベストです」
「でも、相場なんてどうやって調べたら……」
困惑したようにエリザが話す。金銭感覚がずれているので、いきなり値段を決めるのはハードルが高いようだ。
エリザの反応を見て、予測していたミアが心配させないように微笑んだ。
「じゃあ、値段は置いといて、エナの日の贈り物の流行とスタンダードなものを調べてみましょうか?」
◇
エリザとともに雨に濡れた石畳の先に、焼きレンガの建物が見えてきた。
大学の旧学舎を利用している贈与ギルドの王都セラム本部。
今回、用があるのは、受付ではなく、贈与ギルド直営のショップだ。
ギルドのショップスペースでは、エナの日に向けて、男性向けのタネクイやタイピン、ライター、時計、カフスボタン、革小物といった物から、添え物のお菓子まで競うように王都選りすぐりの品物が並んでいた。
「基本的なものを探すのならば、ここに来るのが一番ですね。王都気鋭の贈与士が選んだだけあって、棚を見るだけで流行とスタンダードなものを調べることができます。ちょうどイベントの時期じゃなくても、用途に合わせて無料のパンフレットから有料のブローシュアも用意しているので、今回だけじゃなくても、知っていると今後役に立ちますよ」
ミアが説明していくが、エリザは展覧会のように並べられた品物の列をキラキラとした目で眺めている。いつも使用人に買わせていた、というから自分で見るのははじめてなのだろう。
かわいいところがあるなあ、と思いながらその様子を見ていると、エリザがはっと気づいて咳払いした。
「確かに、ここに並んでいるものもすごいけれど、割と見たことのあるものが多いわね。無難だけど、つまらない、というか」
「はい、あくまでここに並んでいるものは流行のもの、かつスタンダードなものばかりですからね。知られているものが多いですね」
ショップに置かれている物は誰に贈っても失礼に当たらない物、という視点で贈与士たちは選んでいる。迷いに迷った人や、初心者など幅広くおすすめするなら、俺も贈与士ギルドのショップを推すだろう。
ただエリザやミアの指摘どおり、万人向けであることは、よく言えば無難であり、悪く言えば個性がないとも言えた。
ひととおり眺めたところで、エリザがミアに問いかける。
「確かにどんな物を贈ればいいか、見当がつきやすくなったわ。けど、他の人と一味違ったものを贈りたい場合にはどうしたらいいの?」
「そうですね、では次の場所へ行ってみましょうか」
問いかけられてふふふ、とミアが策士のような笑みを浮かべた。
◇
場所を移動して、贈与士ギルド本部から歩いて数分。たどり着いたのは、ブティックやカフェなどが並ぶ王都の中でも観光として選ばれることのある大通りを中心とした繁華街。
大通りの中でも目立つひときわ大きな建物へ、スーツを着た紳士や上品なドレスを着た貴婦人の後に続いて回転扉をくぐる。
「わぁ……」
エリザの口から歓声が漏れる。
広々としたエントランスに、豪勢なシャンデリアの光に照らされ、ショーケースの棚に飾られた宝飾品や品物の数々が眩く輝く。
それらの光景を見て、エリザが宝飾品に負けないくらい、目を好奇心できらきらと光らせる。
「大通りのお店をウィンドウショッピングしていくのも楽しいですが、手っ取り早く流行のものや勢いのあるお店を知りたい場合には、やっぱり百貨店ですね」
エントランスを歩きながらほくほくとした表情で、ミアが話していく。
デザイナーによって考え抜かれたショーケースは芸術品を展示しているかのようで、ドレス、紳士服、靴、小物に至るまで魅力的に見え、目移りしてしまう。
流行に無頓着な俺ですらこうなので、女性陣二人に至っては言わずもがな。ブースを通り過ぎる度に盛り上がっていた。
「すごい! 家で見たものよりも、デザインがどれも斬新で面白いわ」
嬉しそうにエリザが話しながら、いろんな品物を手に取りながら眺めていく。
最初のやる気のなさはどこへやら、といった様子だ。
ただ、ショップ観覧だけでは話は進まない。贈り物を選ぶという目的があるので、エリザの気分が盛り上がったところで、ふとミアが問いかけた。
「ところで、エリザさん、渡す相手の好きな物や好きな色など、好みについてご存知ですか?」
「え、知らないけど……? 別に、そういうとこまで知らなくても、相手が欲しいと言った物や流行の物を贈ればいいんじゃないの?」
「相手のことをあまり知らない方が贈る側としては楽なこともあります。ですが、それでは相手が本当に喜ぶ物を贈れません」
きょとんとした表情でエリザが言葉を返す。
やる気がなかった上に、そこまで相手に興味がわかなかったのだろう。
ただ、贈り物をするためには、大事なところだ。
ミアが困った表情を浮かべた後で問いかける。
「エリザさん、今欲しい物ってありますか?」
「え? え? 特にないけど」
突然問いかけられ、考え込んだ後でエリザが話す。
「ですよね。いざ聞かれると答えられないこと多いと思います」
「確かに。本当に欲しい物だったら、自分で買ってしまうものね……」
「ところで、エリザさんがお持ちのそのバッグ、小物を入れるポケットが破れてますよね? そろそろ新しいのにしたいのではないですか?」
「そうなの、財布を収納するたびに思うんだけど……って」
ミアに言われてバッグに視線を向けたエリザが、はっ、と気づいた。
「これが、相手に喜んでもらう贈り物をするために、相手のことを知った方がいい理由です。相手が気づいていない、欲しいと思うものを汲み取って贈ることができると、驚きとともにうれしいですよね」
「そうかもしれないけど、私みたいに困っていることが無い時は?」
「欲しい物が実際無い場合でも、相手の好みや好きな物の傾向を知っていれば、相手が見た時に、いいなって思えるものを渡しやすくなります」
そう言うと、ミアは一つワンポイントで映えそうなリボン型の髪留めをそっと手に取ると、エリザに示した。
「あ、この色と形、すごく可愛い!」
「視線や手に取る物の傾向から、エリザさんはこういうのがお好きかな、と選んでみました」
「すごい、よく見てるのね」
エリザが感心するようにミアのことを見る。
「これでも贈与士ですから。よく観察し、よく話を伺って相手の欲する物を探るのが仕事です」
にこにことミアが微笑みながら話す。
実際、ミアは観察力や聞き出す話術がとても優れている。いつも着ている、ひと昔前の村娘チックな簡素なワンピースも、親しみやすさと安心感を与えて相手が話しやすくするためだ、と話していた。
「なので、頑張ってエリザさんも相手のことをよく見て、話を聞きだしてみましょう。贈り物は用意するときが勝負じゃありません。用意する前の地道な情報収集が大事なんです」
「情報収集って、見るだけじゃなくて、同級生とかからも聞くってこと?」
「その通りです。探偵のごとく、地道に聞き込んでいきましょう。おまけで、他の学生の相場や贈る予定の品物を聞き出せると、参考になりますよ」
「は、はーい」
呆気にとられつつも、エリザが曖昧に返事をした。大丈夫かな、このお嬢様と心配になる。
こうして、次に会うまでに、相手の好みの色を探ってくる、と宿題をエリザに出して、この日は別れることとなった。
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