第2話 エリザという少女

 雨上がりに雲の合間からオレンジ色の光が差す夕暮れ。

 赤い屋根にレンガ造りの横に広い王都の駅舎を背に、上記をなびかせるトラムが停留するターミナルを前面に眺めながら、駅前の広場で俺、ことレガロは待ち合わせをしていた。


『おい、坊主、靴を磨いてくれないか』


 待っている間にそんな風に声をかけてくる輩がいたが、断じて俺は靴磨き屋ではない。ハンチング帽に革のサスペンダーのズボン、シャツという動きやすい服装だからなおのこと、そう見られるのかもしれないが。

 憮然とした表情を浮かべながら、帽子の下の鳶色の髪をいじっていると、声をかけられた。


「レガロ君、お待たせしました」


 満足げな表情を浮かべながら、俺の師匠である贈与士ギルド公認贈与士ミアがやってきた。


「師匠、だいぶ時間がかかりましたね」

「いやあ、駅中の店が更新されていたので気になっちゃいまして……」


 申し訳なさそうに話しつつも、その表情は全く悪びれていない。

 駅中に土産用の露店が設置されているのだが、その中に珍しく女性向けのアクセサリーを売っている店が出店していたので、師匠は調査と称して覗きに行っていたのである。

 俺は弟子兼護衛役なので最初はついて行こうとしたのだが、あまりにも女性客でごった返してたので、見える位置まで離れて待っていたというわけだ。


「依頼主が先に来てしまうんじゃないかと思いましたよ」

「学校が終わって、今頃トラムに乗っている頃ですかね」

「ということは、例のエナの日関連の依頼ですか……?」

「その通りです」


 学校と聞いてげっそりしながら問いかけると、ミアがうなずいた。

 エナの日ことエナの祝祭日とは、聖女が神に訴えかけ、導いた魂に肉体が贈られた日を祝う日である。

 ひと昔前は、普通にお祭りでしかなかったのだが、数十年前、さる貴族の令嬢が意中の王族へ贈り物を送って結ばれたという逸話から、女性が男性に向けて贈り物で好意を伝える恒例行事となっていた。

 単にそれだけであれば、別にげっそりする要素はない。。


「本当の依頼主って親御さんですよね?」

「ええ。あまりにも娘に贈り物のセンスがないから鍛えてくれ、ということで」


 案の定、想像した内容に、さらにやる気が削がれる。

 フレウルスの学校は、社交界の前哨戦という側面がある。在学中に名のある貴族とお近づきになって、足固めをしておきたいという思惑が子ども側にも親側にもある。そこへ、エナの日に、愛を伝えるというムーブメントは、コネクション作りに非常にうってつけであり、学校で熱狂的に広まった。

 少しでも他の者よりも良いものを贈ってアピールしたい、あわよくば親密になりたい、という思いが激しく衝突し、エスカレートし、その影響の波及はとどまることを知らない。得たコネクションが親や学生自身の出世に影響し、悪評はのちの社交界デビューと親の立場に影を残す。そんな恐ろしい日となってしまったのである。

 もちろん影響は贈与士界隈にも及び、どのような物を贈るのか贈与士に相談したり、せめて恥ずかしい物を贈らないようマナーレッスンを依頼する、という事例が増えたのだった。


「レガロ君は、気が進まなそうですね」

「なんというか、見栄が透けてるんですよね。本末転倒しているというか」

「その気持ちもわからなくもないですが」


 ミアが苦笑していると、一台のトラムがターミナルへと到着し、制服を着た学生が列をなして降りてきた。その最後尾から、リュックにもなる革鞄にそそっかしく財布を押し込みながら一人の女子学生が降りてくる。確か第4学年と聞いていたので、14歳ぐらいか。

 ゆるくカールした金髪のポニーテールと、大きめの吊り上がった目が美人でありながら勝気そうな印象の少女だ。

 少女は俺とミアに視線をとめると、まっすぐにこちらへ向かってきた。


「もしかして、あなたが、ミアさん?」

「はい。贈与士ギルド公認贈与士のミアと申します。こちらは、弟子のレガロ君です」

「よろしく」

「エリザよ」


 依頼のあった少女、エリザが見た目のまま、強気な口調で返した。


「それにしても、あなたも災難ね。父様の言いつけで来たのでしょう? 面子のためとはいえ、こんなイベントのために駆り出されるなんて最悪よね」


 歯に衣を着せぬとは、まさにこのことで、いきなり初対面の相手に対し、毒舌を披露してきた。

 容姿から抱いた印象は当たっていたらしい。

 エリザの言葉に一瞬、ミアがきょとんと目を丸くするが、直後に吹き出した。


「な、なにがおかしいのよ」

「ごめんなさい。いや、先ほどまでレガロ君が話していたことと、ほとんどそっくりだったので可笑しくなってしまって」

「師匠!」


 抗議するように俺が指摘する。


「あなたもそう思ってたの? 気が合うわね」


 つり目の大きな目を猫のように細めてエリザが微笑む。

 いや、こんないかにも高飛車なお嬢様と気が合うと言われても、うれしくはない。


「贈与士さん、お互い乗り気じゃないなら、ここは談合しませんか? 私、実は友人とお茶をする予定を蹴ってここに来たんです。お父様にはちゃんとレッスンしてくれたって言いますから」

「ダメです」


 エリザの提案をミアは仕事上の微笑みを浮かべながら断った。


「依頼主がいいって言ってるのに」

「依頼を受けたのはお父様からですから、ここで帰ったら、お父様に失礼になってしまいます」

「へえ、はっきりと言うのね。ただ、私はやる気はないと言ってるの。センスはないのはご存知でしょう?」

「存じています。でも、最初にエリザさん、こう言いましたよね、“あなたも災難ね”って。そしてやる気がないと言っている割に、きちんと来るなんて律儀ですし、相手の立場や思いを想像できる人は贈与士の才能がありますよ」

「あら、そ、そう?」


 褒められて満更でもないらしく、エリザが顔を赤らめる。


「それに、エナの日が本来の目的から外れていることは本当ですからね。受け取る殿方にしても、どれだけの数もらえるのか、どれだけ名家のお嬢様から評価を受けるかが問題なので、正直、想いがこもっているかどうかなんて気にしてないでしょうね」


 エリザと負けず劣らずの毒舌でミアが話していく。

 ”あなたの気持ちを届けるお手伝いをさせていただきます”というのが贈与士の謳い文句なのだが。

 ギルド長が聞いたら卒倒しそうだな、と思うが、口には出さずにとどめる。


「あ、あなたも結構言うわね……」

「建前ばかり見てもしょうがないですから、事実は事実です」


 呆れるエリザに対して、けろっとした表情でミアが返す。

 エリザとしては、まさか毒舌を毒舌で返されるとは思っていなかったのだろうが、様々な依頼を受けてきたミアからすればこのくらいの毒は大したものではない。


「なので、贈る側も贈られる側もお互い様。ここは勉強するつもりで、今年は選んでみませんか?」


 笑顔ながらも威圧感漂うミアの微笑みに、エリザは圧倒され、こくん、とうなずいたのであった。

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