2 グランメゾン

良きシェフは食べ手を別世界に案内する。より良いシェフは食材を別世界の旅に連れ出す。しかし一番は自分が食材の身になることである。

(出典不明)


 ホールは喧騒と煌びやかな雰囲気に包まれて、給仕の猿たちはかいがいしく、そしてすばやく春風に舞う花びらのように軽やかに各テーブルのサービスにまわっていた。テーブルにはそれこそいろんな動物たちが運ばれてくる料理に舌鼓を打っては、ああでもないこうでもないと料理に関して薀蓄をたれるのだった。

「ちょっと君」豚の紳士が給仕に声をかけた。

「はい、お客様。いかがなされました?」

豚の紳士は不満げにウサギ肉のソテー山の幸風を指差していった。

「これ、前食べたのと違うじゃないか」豚の紳士はいかにも食通よろしくステッキを小脇に携え、首からぶら下げた片眼鏡をとり出して、そのお皿にきれいに盛り付けされたウサギを津々と見つめながら抗議とも着かぬ抗議を始めた。

猿の給仕は困惑気味に答えた。

「申し訳ありませんが、当店では何時も同じものをお出ししているわけではございませんので…」こういう輩はいつもいるものだ。給仕は自分に言い聞かせた。この豚の紳士は、単純に文句が言いたいだけなのだ。一応一流店と目されるこの店で文句を言うことで、あやふやな自分のステータスを確認したいだけなのだ。この俄か紳士の豚めが! しかし給仕はそんな心のうちを露ともおくびにも出さずに言った。

「それではかしこまりました。料理長に申し上げまして、作り直しをさせていただきますので…」

「?…申し上げる???」豚紳士は微妙な給仕の言い回しを聞き逃さなかった。何か危険を察知したのだ。

「はい、申し上げますが、何か?」給仕の猿は自信を持って言った。紳士には可能性はどこ迄も限りなく、ある方向へと狭められたように思えた。

「申し伝えるとか申し付けるではないんだよね? これは敬語ってやつだよね」

「はい。まちがいはございません。この場合、寸分たがわず申し上げるを使わなければなりません」猿の給仕は胸を反らして言った。

「ということはその対象は…。あ、そう。い、いやいいんだけどね。うん、こういうのもいいじゃないか、なかなか」豚の紳士は俄かに脂汗を全身に流し始めた。

「それではよろしいですか?」

「ああ、当然じゃないか…」

「では失礼いたします。ごゆっくりお楽しみください」

一礼して去り行く給仕を、豚紳士は呼び止めた。

「ああ君、ちなみに、その料理長は…」給仕は首だけこちらに向けて答えた。

「勿論、ライオン様でございますが…何か?」豚紳士は、だらだらとした汗を拭いながらすぐに言葉を埋めた。

「うん、やっぱり。さすがです」

「そうお伝えしておきます」

「あ、ああ。是非よろしく頼むよ」豚紳士は赤くなりながら、もって来たガイドブックらしきものに眼を落としたまま固まっていた。

さるの給仕たちは、くすくすと影で笑い出した。一方の給仕が言った。

「あの豚紳士。きっとまだ紳士になり立てだぜ」

「だろうね。きっとあのクレームもあのガイドブックに書いてあるんだろうぜ。うちの店で大体そんなクレームのつけ方はしないよ。あれは中級店で言うクレームの類だ」

隠してはあるが、遠めに「紳士の振る舞い。レストラン編」と言うのが見て取れた。

「そんなものは通用しないぜ。うちはライオン様の経営する高級店なんだからさ」

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