炎麗(えんり)

「俺が転生したときに、貴様を、……民すべてを滅ぼす」

 炎に焼かれながら、炎麗は呪いの言葉を吐く。腕には嫋やかな生娘(きむすめ)だったものが抱かれていた。

「覚えておけ、鶏頭。次代は黒髪(こくはつ)、紅(くれない)の瞳。人の姿を持って産まれるが、決してその心は人のものではない」

 崩れゆく唇で、最期の言葉を遺す。そうして神は、人と心中したのだ。彼にとって愛とは何だったのか。彼女ひとりいればそれで良かったのか。そのひとりのために我々が滅んでいいわけがない。自身の娘とはいえ厄介なことを寄こしてきたものだ。彼女の死は鶏頭だって悲しんだのに。




「そんな仕打ちが、許されるものではない!!」

 耳を押さえながら、鶏頭は力の限り叫ぶ。娘を亡くして悲しんだのは、鶏頭も炎麗も同じことだ。それを自らの愛のため、悲しみのためすべての民を道連れにするなど、単なるとばっちりではないか。

「神など認めるものか!! 破壊しか考えていない、この人でなしがっ!!」

 ただ煩いだけの一声など、鶏頭には届かなかった。精一杯喉を動かしているが、作り物のようでそれでいて生き物のようで、気色が悪かった。

 しかし神事は、民のほとんどを掌握することができたようだ。神には敵わないという腐った性根が擦り込まれている。息が途絶え、鳴き声が途切れ途切れになってきた。願わくはそのまま息絶えないかと思ってみたが、それは力強い言葉に掻き消される。

「鶏頭さん、どうか共に、この星を治めてください」

 誤解はあったが、恐らくはこの星を、民を守ろうしてくれた結果だ。火威はそう気付いている。声が降ってくるよう天を仰いでいたが、その顔は凛と星長に向き直った。頭頂の羽根が髪に戻り、人の表情に戻ってくる。

「ふ、くぅ……!」

 鶏頭は怒りで顔を歪めていた。どうして受け入れてくれないのか。苦しみはこれから、退かしていくしか未来はないのに。悲しみはこれから、癒えてゆくしか道はないのに。

 このまま炎麗に囚われていては、いつまで経っても救いはない。火威は悼むように眉を下げてやった。しかしそれは鶏頭と、もうひとりの青年の怒りの炎に油を注ぐことにしかならなかった。

 そのときひらりと、光るものが右眼の端に映り込む。小瓶だ。駒草の薬瓶だろうか。それにしては形が違う。もっと良く見ようとして、火威はそちらのほうに首を動かす。それは勢い良くこめかみに当たり、弾け飛んだ。

「っ、あああああ――!!!」

 破裂音がした割には、打撃に関してはそこまで威力はない。それより火威の痛みを誘ったのは、中に封じ込められていた透明な液体のせいであった。それは人にも、他星の神にも影響はないが、朱雀にのみ効果が表れる。

 中身は、水であった。

「火威樣!!」

 喧騒は再び戻ってくる。一矢報いた彼は、喜びで笑っていた。先代と次代は違うことは分かっている。だが厄災は根絶しなければならない。彼もまた、悲しみの雨で濡れるべきなのだ。許しなど与えるものか。

「ぐあああ!!」

 叫びは仔どもとは思えないほど低く、太い。右眼を押さえてのた打ち回り、誰も近付くことはできなかった。ただ獣者たちは遠くからも跳ね飛び、仰(の)け反(ぞ)る火威の身体を抱え込もうとする。三頭は必死に宥めようとしながらも、主を傷付けた咎人(とがびと)を見つけようと眼を凝らした。

「火威樣――!?」

 一番近くに居た蛇結茨が、焦りの声を上げた。水が掛かった部分、右眼の周りは火傷のごとく爛れ皮膚が捲(めく)れている。何とも痛々しく、激痛で顔を歪めているがそれさえも痛みを生じさせているようであった。

 そこを右掌で覆いながら、本能なのか火の粉を当てている。それが朱雀にとっては一時的な回復方法にはなるのだが、開いた指から漏れる煤は次第に量を増していった。このままでは傷を受けた部分のみならず、身体すべてを焼いてしまう。

 焼けてしまえばただの灰へと帰してしまう。これでは鶏頭の思う壺だ。駒草は唇を噛み、落ち着くよう喚き叫んだ。羊蹄は気にしながらも民を見渡しているが、このような大勢ではどうしても定められない。更にそれも波のように脈打って、大罪人を明らかにしないようにしていた。

 離れた人影もちらほらあるし、折角の獲物を振るうことができず歯ぎしりする。こういったときのために携えてきたはずなのに、主に危害を加えられてしまって絶望しかなかった。

 それでも一番愕然と思っているのは蛇結茨だ。彼は最も近くにいて、最も近くで一声を聞いていた。それはふとした瞬間、誰もが従ってくれるだろうと確信したはずなのに。慢心だったのか、彼はどうしようもなく肩を落とす。

 もし主が炎で消えてしまうというなら、その火は自分に乗せてほしいと、三頭はそれぞれ思った。無情にも炎は燃え拡がり、頭を焼く大きさになったとき、火威は指の隙間から憎き相手を捉えた。

「また、……か」

 ぽつりと漏らす言葉は、焼かれているとは思えないほど冷たかった。しばらく蹲っていたが、その体躯もすっくと伸ばし、棒立ちで民に対峙する。

 一時とはいえ傷が癒えたのか、と獣者は胸を撫で下ろすが、その炎は止むことはなかった。それとは逆に、全身に伝おうとしている。

「また、貴様か! 鶏頭!!」

 憤怒の声音は、火威のものとは違っていた。太く、低い大人の男声。爛れた右眼は金に変色し、瞳孔鋭く呼んだ者を射竦めている。その声と瞳には覚えがあった。先代の朱雀、炎麗のものである。

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