賭ける脱牢

 恒星の爆発がほとんど見えなくなる。哢は暗くなる部屋の中で、何をするでもなく膝を抱えていた。自分はこれからいったいどうなるのだろう。黙々と考えていると、常に最悪の状況に辿り着く。実際には有り得ないと思うことだって、想像力は豊かに働くのだ。

「――ふぇや!?」

 百ほどの状況下を考えたところで、不意に扉が鳴る。外側からノックされたのだ。

「どうか、されましたか? もしかして、また起こしてしまいました?」

 呑気に声を掛けたのは、ずっと扉の前に居る人物らしかった。夜まで眠っていたと思われたのか申し訳なさそうに訊かれる。

「あ、いえ……」

「その、食事をお持ちしたのですが、後のほうが宜しいですか?」

「食事……」

 言われればもうそんな時間だった。父は無事だろうか。星庁に無断で侵入したことは確かにいけないことだが、それだけを咎める雰囲気でもなかったように感じる。この食事として与えられているものも、何か策略があるのではと勘繰ると思考が煮え滾ってしようがなかった。

「取りあえず、中に入っても大丈夫でしょうか? 火入れの準備もさせていただきますから」

「えっ、ちょ、ちょっとまっ――」

 気持ちの整理が付かずしどろもどろに返す哢の言葉を聞いていないのか、衛兵は木製のドアハンドルを引いた。赤毛の男性が手元に灯火(ともしび)を持って注意しながら入室する。衛兵だと思ったら文官だったらしい。それだからあまり緊張を感じなかったのかもしれない。

 しかしてきぱきと、彼は四隅の床と吊られた燭台に火を灯していった。赤土の壁が照らし出されると、やはり暖かくほっとする。いやしかし。いつまでも、何かされるのではと戸惑いは隠せない。

「お父さまはさぞご心配でしょうね。ですが、我々も哢殿をお守りいたしますので、ご安心ください」

 屈託のない笑顔を向けられ、哢は身を固くする。父はいまどうしているのだろうか。笑みの裏に包まれたものを何とかして見透かそうと頑張るが、彼にはどうしても見えなかった。

「あの、父のことを、知っているんですか?」

「ええ! お名前は嘴殿、ですよね? 武官の風切がお守りしていますので、ご心配には及びませんよ!」

 柔らかいくせ毛が、赤毛の彼を愚鈍に見せる。痺れを切らして鎌を掛けたが知りたい情報は言ってくれなかった。

「お食事は食べられますか? あ、そう言えば――」

 最低限の人員で動いているのか、キッチンワゴンを引くのもこの文官であった。台には湯気を湛えた野菜スープが置かれている。自分の腕では決して味わうことのできない料理を前に、しかしそれを飲んでもいいものか躊躇った。

「本日、侵入者があったようです。哢殿を襲おうとしたのかも、との話でして。武官たちが捕らえていますが、絶対に危ないことはなさらないでくださいね!」

「えっ!?」

 その報告は、夕餉(ゆうげ)の匂いで油断していた哢の耳を打つ。あまりにも突拍子もなく知らされた話は、自分のこととして認識するのに薄かった。

 警告か、それとも脅迫か。捕らえられたのは恐らく嘴だ。自分が何かおかしなことをしたら、父にまで被害が及ぶと警鐘を鳴らしている。

「驚かれるのも無理はないですよね。大丈夫です。もしどうしても、とのことなら、部屋の中にも誰か配備させましょうか?」

 だが気にするように覗き込んでくる青年には、一瞬の嫌疑なく提案をされた。純粋にこちらを心配しているようだったが、その申し出には頭(かぶり)を振る。そこまで監視させられたら、堪ったものではない。

「そうですか? 私で良ければ、何かあったら言ってくださいね。こう見えても武術一式は習っていますから!」

 拳法の構えを取るが、強そうには見えなかった。それでも官吏というだけあって、細い筋肉は付いているようだ。照れくさそうにはにかんで、気の良い青年は甲斐甲斐しく世話を焼く。

 いまの言葉からすると、自分を守ってくれるのはこの赤毛の人物ひとりのようだ。武官はどうしているのか。思い当たるのは、父を逃がすまいとしているということだけだった。己にはこの軟(やわ)そうな文官のみ。嘴のほうが最重要に感じ取れる。

 ふと、父の言葉が頭を過った。悪者にされてしまうかも、と彼は言う。何がどうなってその結論に至ったのかは不明だが、いまとなっては嘴が罪人にされてしまう可能性のほうが高かった。

 星長は朱雀を暴漢と呼び、嘴は暴漢を朱雀と呼ぶ。どちらが本当なのか、いまだ哢には決めかねている。だが、これまで暮らしてきた身内を、みすみす見逃すことなんてできない。

「そうだ、朱雀が鳴けば……」

 暑くないかと窓を開ける青年を背中に、哢は決心した。唯一の逃走経路は、少年の眼の前でぽっかりと大口を開けている。

 自分の身の危険は拭えないけれども、炎帝が鳴けば全てが上手くいく。旨そうなスープには悪いが、自分は行かねばならない。己の手で、この星を、民の多くを救うのだ。

 自分が負けるか、鶏頭が負けるか。決意した瞬間、足は軽やかに走り出した。

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