殺したはずの神

「会えるのは、僕だけ?」

 桐の簪へと再び戻した桐子は、丁寧に火威の前に跪く。彼女の言葉は青龍の意志を連れて、朱雀に伝わった。

「獣者すら近くにはいられないのか? 向こうの獣者は傍に付いているのだろう?」

「いえ、青帝樣も獣者はお傍には置かないとのことです。蘢樹樣はお産まれになったばかりで、お身体の調子を取り戻しておりません。何卒、ご了承いただきたく存じます」

「しかし……」

「大丈夫です。向こうもそういうことなら、僕だけで会いましょう」

 一見無知にも感じ取れる許容は、それでも自分に危害は加えないだろうと確信した答えであった。きっとその蘢樹は気性が荒くない。それならいままで隠れているわけがないのだ。

 何かを脅かそうとするものを、星全体で嘘を吐いてまで守るはずがない。



「本当にすぐ青龍は産まれるのかな?」

 桐子が蘢樹の様子を確認しているまさに最中、火威たちは通された客間でひとつの疑問を擲(なげう)った。

 皆口々にそう言うが、信憑性は薄い。自分の影響だというのも、火威にはどうにも信じられなかった。

「順当にいけば、お産まれになるのは確かです。しかしあれほどまで確証を得ているのは、……妙ですね」

「あれは綿密に仕組まれた、嘘です」

「嘘!?」

 突拍子もない答えを導いたのは、蛇結茨だった。彼は常に、地から気配を探っている。桐子の言動におかしなところはなかった。それゆえに火威も、その一行も騙されていた。しかし心音や微量な衣擦れの音などを聞いて、蛇結茨は判断したのだ。その結果こそ、偽りがない。

 それはこの綿の椅子のように隙間なく、完全に近い形で練り上げられている。

「しっ、どこで聞いているか分かりません。わたくしの腹では感じませんが、万が一ということもあります」

 実際青龍の気配は感じられなかったわけだし、巳ですら気付かない場所に耳があるやも分からない。言われて獣者たちは辺りを真剣に見渡し、神経を研ぎ澄ます。吹き抜ける風は心地良さから一転、不安を煽る火起こしの送風へと変わった。

 神をも汚辱した過去の可能性を鑑みて、桐子の語る途中では口を挟めなかったのだ。下手に追及をすれば、こちらの主にも何が飛んでくるか分からない。

「だがそれが嘘として、それに何の意味が……? 神殺しは先出よりも自らの土地を痩せさせるだろう」

「その神殺し自体が偽りだ」

 途中までは史実だと思われる。それが恐らく皆の察知能力を鈍らせた。全民を偽ってでも、いやもしくは全民承知の上で神を殺さなければいけなかった話を作った理由は、先出の件だろう。愛する青龍を仮に殺すことにして、先に産まれた罪を免れようとしている。他の神に対する服従心を振りかざして。

 こちらとしてもそこまでして罰するつもりはないが、嘘が露見すれば更に重罪を科す者もいる。神に虚偽で対抗できるはずがない。

「だったら、青帝樣はまだご健在であられる?」

「そう考えるのが妥当だろう。梢枝樣ではなく、次代が前々よりお産まれになっているはずだ。必ず土地に神力を込めるか定かでない分、殺める可能性は低い」

「良かった、生きているんだね」

 幼く響く慈愛の声。しばらく黙って聞いていたが、やはり同期の安否は気になる。小さく溜息を吐きながら胸を撫で下ろした。

「恐らくは、じきに青帝樣がお姿を現すかと思います。きっと誰にも近付けぬ場所においでなのでしょう」

 桐子は新しい神として、必ず、殺したはずの青龍を連れてくる。

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