重大な隠匿
花筏に紛れて小さな龍が流れてきたのは、それから恒星の爆発が三周ほどした後だった。しかし早過ぎたのだ。通常神が斃れれば、すぐに次代の誕生へと繋がる。それを見越して、梢枝は身投げをしたはずだった。しかし朱雀は一向に誕生の気配を見せず、青龍の吉兆を感じた獣者は戸惑っていた。よもや自身の主が先に誕生してしまうなど、考えてもみなかったのだ。
焦った獣者は、存在を隠そうとした。誰にも、他の星の獣者にも気付かれず社を出立し、主を守るために宇宙を駆ける。先代と同じように李の根元に居着いている様子は、やはり主神であると思われた。確実な青龍の気配だったが、この眼で見るまでは信じられないと思っていた。そう、思いたかったのだ。
しかし認めてしまえば、それは朱雀に、他の神にとって、とてつもない不敬に当たる。すぐにでも朱雀の誕生を祈ったが、その願いは見事に砕け散ることになった。だがそれでも、次代の青龍は神力も強く、星の王に立つに相応しい神に育っていく。仔どもの頃は神でも成長が速い。早急に身体と頭を作り上げなければならないからだ。そうでなければ統治など到底できない。
やっとのことで嬰児(みどりご)を過ぎようとしていた頃、青龍の存在が民に勘付かれ始めてしまった。
「獣者樣方、梢枝樣はいまだご健在であらせられるのでしょうか?」
「――急にどうしたのだ、桐子殿」
そこで問い質しに行ったのが、星長、桐子である。朱雀が斃れてから梢枝の姿が見えない。もちろんそこまで人前に姿を現す神ではなかったが、それでも祭りの際には顔を出していただいていた。他の神が統治できない時世だから、大袖振って顔を出すこともできないと、獣者からは聞いていたが。それとて大事なお言葉であるはずなので、ぜひ御身から宣旨を受けたかったのだが、愛する青龍の口から聞くことは叶わなかった。
いまだって受け答えするのは虎杖だ。そこまで強面(こわもて)でもないが、男性の硬質な表情で威圧されると縮こまってしまう。しかし桐子は星長だ。自分がどれだけ星の民を想い、神を敬い、いくつもの宰務をこなしてきたと思っている。今回ばかりは引くに引けなかった。
「はい、もしや梢枝樣に何かあったのではないかと案じておりまして……。一目で良いのです。どうか民の平穏のために、一目、このわたくしにお姿を拝見させていただきたくお願いに参りました」
「桐子殿……」
額に苔が付くことも厭わず、桐子は叩頭する。虎杖は居た堪れない顔を作り、答えに困っていた。まさか次代がすでに誕生しているとは言えず、在り合わせの返答を探す。助け舟を出したのは、龍爪花であった。
「梢枝樣は、ただひたすら願っておいでです。この星のことはもちろん、遊星朱雀についても祈りを捧げています。星間を跨ぎ神力を届けるため集中しているのです。ゆえに、誰ともお会いになりません」
「しかし……、邪魔はいたしません! どうか一目――」
「恥を知りなさい! いくら星長とて、それは我々が許しません! 誰とも会わせるなとの命令です!」
「――っ!」
命令と言われてしまえば、口惜しくもさすがの星長でも身を引くしかなかった。獣者は民に対して重傷を負わせられないが、浅い傷でも死に至ることだってある。温和な梢枝の獣者、彼らに限って反撃をしてくるとは思えないが、とも脳裏を過(よ)ぎったが、それでも万が一ということもある。
怖くなったのだ。自分の知らない内に得体の知れない者に成り代わっているのではないかと。星を治める者が、誰か別の知らない者にすり替わっているのではないかと。それに従う獣者も、その者に倣って凶暴化するのではないかと。
そう気付いたとき、桐子の背中は氷が這ったように震え上がった。額ずくこの格好は、自分の首がいとも簡単に取られてしまう。
「……申し訳ございませんでした。無礼をお許しください。どうか、梢枝樣にお伝えすることができれば、民は、梢枝樣をいつまでも愛しておりますと、仰せください。失礼いたします」
「相分かった。祈りが終われば伝えよう」
その言葉は、決して結ばれることはなかった。
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