父子の再会

「哢! 哢!」

 茂みから息を潜め、各部屋を見回っていたが、やっとのことで嘴は息子を見つけた。都合よく裏口を見つけ入ったはいいものの、緊張で気が気でない。お誂え向きに草の根が踏み分けられていたことも相まって、何かあるのではとの勘繰りが汗を全身に噴き出させていた。

 周りを改めて見渡し、音が鳴らぬよう身体をゆっくり出現させる。堅い木材の格子を通した窓ガラスを静かに叩いて震わすが、果たして哢は気付いてくれるだろうか。

 すると一瞬の間を置いてから、緑髪の少年は頭を左右に振った。

「ここだ、哢! 外だ!」

 気付いてくれたと、窮屈な興奮で若干声量が上がり上擦るが、幸いなことに見回りはいない。

「親父――!?」

「しっ! 静かに」

 驚愕で声を上げた哢だが、父のジェスチャーに倣って口元に掌を当てる。次いで嘴は窓を開けるよう指示をしたので、哢は黙ったまま頷き、鍵に手を掛けた。その時、

「哢殿? どうかされましたでしょうか?」

 発したのは窓ではなく、部屋の扉からであった。唯一の出入り口として設置されたそれは、衛兵を置くことで哢の退路を自然に絶っている。

 慌てて薄い扉に体を向け、後ろ手の父を背中で隠した。

「あ、いえ、その、夢を――っ」自分ながらに、幼い言い訳だと思う。「ちょっと昼寝をしてたら、変な夢を見てしまって……!」

「そうでしたか、起こしてしまい申し訳ありません」

 それでも扉の衛兵は何とか信じてくれたようだ。そこまで素直だと、逆に警備が務まるのかと些か不安を覚える。しかしいまは好都合には違いなかった。時間も昼下がりで陽気が良く、そろそろ眠くなるころ。少年が船を漕いでいても不思議ではない。

「いえ! 俺……、僕も寝言をすみません! その、もう少し眠いので、寝てても大丈夫ですかね?」

「今日はお疲れでしょう。どなたか参られましたら、哢殿はお休み中とお伝えしておきますよ」

「あ、ありがとうございます!」

 扉越しだというのにぎこちない笑顔を作り、しばらく無音を保つ。若干不自然かとも感じたが、少年には静寂を保つことでしかこの場の平穏の作り方を知らなかった。

 頃合いを計って、再び窓に向き直る。静かに小さな錠を外して、そっとガラスを手前に引いた。久し振りに――とはいっても半日しか経っていないが――見た父親の顔は、気温のせいか、それとも緊張のせいか額にはびっしりと汗を掻いていた。

 二人顔を見合わせることができて、互いに胸を撫で下ろす。

「良かった、親父。無事だったんだな。でも何でここに――」

「待て、哢。喜ぶのは後だ」

 言って短く言葉を切り、何度目か分からない左右を、眼で確認する。

「いいか、よく聞け。俺はこの眼で朱雀を見た。朱雀は、本物だ」

「えっ? でも、星長は暴漢だって……」

 そう言い聞かされてきて、なおかつ信じていた。しかしそうなると父が血相を変えてここまで乗り込んでくる理由が見当たらない。暴漢に襲われたなら、言われる通りに武官に守られていればそれでいいのだ。

「騙されるな、哢。星長に良いように使われているんだぞ!」

「そう、なのか……?」

 しかし本物を見たわけではない哢は、いまいち踏ん切りがつかなかった。安全だと告げる老爺の言葉は、いまだ包まれていたい精神に優しく響く。それでも嘴の訴えを無視するわけにもいかなかった。

「だから逃げろ。このままでは、お前は悪者にされてしまうかもしれない!」

「そんな……、そんなこと――」

「嘴殿? いくら息子に会いたくても、無断で星庁に忍び込むのは控えていただきたい」

 感動的な親子の再開に、第三者の声が刺さる。武官の長、翼帯であった。野太い男の声は、嘴に絶望を与える。

「――っ!」

 逃げようにも、いつの間にやら周囲は兵たちで囲まれてしまっていた。さすがは本職。嘴にも哢にも分かりようがなかった。それとも先程の哢の驚嘆で勘付かれてしまったのだろうか。後者であれば、何とも申し訳ない。

「嘴殿、見逃すわけにはいきませんねぇ」

 翼帯は下卑た笑いを貼り付けながら、じりじりと嘴に迫ってくる。余裕たっぷりに少しずつ間合いを詰めてくるのだから、性根(しょうね)が腐っているとしか言い様がない。逃げる余地すらない、しがない中年を甚振っても何ら面白味はないだろうに。

 やがて息がかかるほど近くに寄ってから、翼帯の大きな掌が嘴の肩に置かれる。

「く――!」

「さて、我々としては手荒な真似はしたくない。ご同行願えますかな? 嘴殿」

「……」

 嘴は黙って、連行されるしか道はなかった。

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