山路(やまみち)を往く

「青帝樣は、畏れながらも炎帝樣より早くにお産まれになりました。その後、他星の神の誕生を待ってみたものの、一向にお話を聞きません。嘆いた民は、我が青龍を押し殺してしまったのです」

「そんなことが、有り得るのですか……?」

「わたくしはこの眼で見たのです。獣者も良く戦いました。しかし彼らは、民に多くの危害を加えることができません」

 それはどの獣者も持つジレンマだった。主を守る大役があるとはいえ、民を深く傷付けることはできない。血に刻まれた盟約だ。脅しのために指の針を用いたが、本来あそこで蛇結茨は、民を刺すことなどできなかった。あの少年にとっては、とんだ肩透かしだ。

「では、その次の代は――?」

「そうですね。炎帝樣がご誕生されましたので、そろそろでしょう」

 言って李は、腕の花を散らす。彼女にも誕生の時期は分からない。その言い様に一瞬の蟠(わだかま)りを感じながらも、火威はこの場を後にした。この旅路には上手くいかないことが多すぎる。

「やっぱり妙ですよ」羊蹄は申し訳ないと思いながらも口を開く。「だって青帝樣がそう簡単に命を落とすなんて、考えられないです」

 少しの真実の可能性を残しながらも、進言せずにはいられなかったらしい。

「わたくしも、社から出て行った気配も再び戻っている気配も感じられませんでした」

「まさか、白錵さんのところと同じように、次代を産んでいないとか……?」

 その予想も捨て切れないので、こちらは頭を抱えるばかり。それでも青龍の神力は土地に行き渡っているようにも見えるし、混乱を膨れ上がらせるだけだった。

「しかし、青帝樣がいらっしゃらないのであれば允可を戴くこともできませんね。ここは一度、遊星朱雀に戻ることにいたしましょうか?」

 すでに星を空けて、恒星の瞬きが二周する。確かに自星も気になるが、この土地を置いて出て行くことも気が引けた。

「星長には会えないでしょうか? もしもこれから神力が落ちるようなら、この星も助けないと」

「確かに、それはそうですが、しかし先程の李のお言葉が本当なら――」

「火威樣の御身が危ういかもしれません」

 大人はよく、火威の身の危険を案じる。それが使命なのだからしようがないけれども、小言はたまに幼い心を折ることがある。しかし今回は自分の身だけあって、思考回路は疎いようだった。

「でも、ここのみんなのほうが心配だよ」

「火威樣……」

 揺れ動く紅の双眸は、不安に思いながらも見捨てられない神の厚意だった。獣者は三頭、顔を見合わせ、固く頷く。

「畏まりました、火威樣。危ないときは、我々が必ずやお守り申し上げます」

「ありがとう、助かります」

 火威は柔らかく笑い、獣者に感謝の意を伝える。暖かい表情は、すべてを溶かし真綿に包み込むようであった。

 一行は再び来た路(みち)を引き返し、また新しく平野部に降りるため路を探す。天をも突くほどの喬木が立ち並び、木漏れ日が至るところに射し込んでいた。見たこともない樹木や苔が群生している。その中を涼やかだが、ふわりとした風が通り過ぎる。相変わらず渓流の傍を離れることはなかったが、駒草の背に乗っているので火威の脚は濡れる心配がない。

 苔むした箇所が減るにつれて、傾斜は平坦になっていった。そもそもそこまで急ではないが、それでも山道は脚腰に負担がかかる。やっと拓けたところに出られて、獣者たちは安堵したようだった。

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