玄武との邂逅
「貴様が朱雀だと?」
高圧的な少女は、火威に向かってそう訊いた。涼やかな声から出たその問いには、明らかな侮蔑が含まれている。すっかり葉の落ちたクリの木の、その低い枝分かれに腰掛けて、冷ややかな少女は、しかし答えを望んでいるわけではない。
口元にはロベリア色の透き通るフェイスヴェールが下がり、辛うじて口角を動かしていることだけは分かる。肩口まで開いたドレスは甕覗(かめのぞき)色。その鎖骨から顎(あご)の下まで、地肌を厳かな黒いレースが覆い、アンダーバスト――とはいえトップに膨らみはないので定かではない――から臍(へそ)の辺りまでコルセットが締め上げる。幼き身体には必要ないと思われるが、それがきっと獣者か、もしくは自身で選択した結果なのだろう。
締めた裾先はマーメイドラインなので拡がりはないが、足指まですっぽりと隠されていた。端にはクリの枝と一匹の亀が黒く抜かれている。
袖も同じような形を取っており、二の腕は絞られているのに肘から下は膨らんで、手指を隠していた。それが長いヒレのようにも、野太い脚のようにも見えて、亀の魅力を称えている。
火威と似た年の端であるのに、彼女はなかなかどうして王者の風格を見せつけていた。
「允可を受けるに値しない。貴様は朱雀などではない」
「えっ、どう、して……?」
驚愕で、たどたどしく声を上げる。允可を受けられないのであれば、この雪山に脚を運んだ意味がなくなってしまう。それに彼女は自分のことを朱雀ではないと言った。確かに灰から産まれたと思っていたのだが、そう断言する謂われは何であろうか。
「水掬(すすき)樣、何を仰いますか。炎帝樣ははるばる遊星朱雀よりいらっしゃっていただいたのです」
「誰が炎帝だと? お前の眼は節穴か、猪子槌」
玄帝(げんてい)水掬は、不機嫌な表情を見せる。ここからでは鋭く光る琥珀の双眸しか目視できないが、近くに控える獣者はもう少し明確な怒りを食らっていることであろう。自身の獣者に厳しく言及し、牙を剥いたのだ。
「しかし水掬樣、わたくしは確かに――」
「黙れ! 貴様等は誰の獣者か! 妾(わらわ)に口答えすることは許さぬ!」
弁明しようと試みた鼠刺は、ぴしゃりと叱咤されてしまう。短く謝辞を述べ、首(こうべ)をさらに深く垂らした。再び水掬は火威をねめつけ、心無い言葉を投げかける。吐息は白く濁ることなく流れ、体温が氷のように低いことを表している。
「去れ。そして二度と妾にその顔を見せるな」
「――あの、畏れながら玄帝樣。我々は允可を受けなければ星へ帰ることができませぬ」
控えめに、しかしそれでいて力強く駒草が訴える。疑問符ばかりでろくに受け答えができぬ火威に代わって、抗議の声を上げたのだ。水掬はさらに侮蔑を込めて眼を細め、答えのため言葉を発することにも厭うていた。
「炎帝の獣者、駒草よ。主を想うその心意気、大変殊勝なことである。だが、允可はできぬ」
「それはどうしてでございますか!?」
「先にも言うたが、妾にはこれが朱雀に見えん。星の上に立つ資格はない」
水掬はひとつ息を吸うと、改めて氷の拒絶を吐き出す。
「話はここまでだ。自星に帰り、静かに暮らせ」
何かを言い挟もうと口を開いた駒草だったが、神の意志に適うはずもなく苦しいように押し黙る。允可を貰えなければ、星のために神として立つことはできない。歯痒い想いを抱きながらも、初めての断絶に羽根も脚も出ず、おずおずと顔を引っ込めるしかなかった。
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