そのころ朱雀の星では
「鮎は好きかね?」
出されたのは、二匹の鮎。いずれも丸々と肥(ふと)っており、丁度良い焼き加減が鼻孔を擽る。
「そろそろ時期も終わりかと思ってね。またすぐ巡ってくるが……、遠慮は要らない。食べてしまいなさい」
そのほうが鮎のためだ、と付け加え、朝から食いっぱぐれていた哢に拍車をかける。口内に涎が拡がり、やっと食欲を取り戻してきたと思えた。星長は民に尽くしてくれる。ここに居ればきっと安全だろう。反逆者の顔を見てしまったので、いつ消されてもおかしくはない。
「ありがとうございます。……あの」口籠りながら、哢は問うた。「父は……、大丈夫でしょうか?」
親族のことはやはり気になる。それがたった一人の家族であれば尚更だ。いまは昼食の時間で、父がきちんと食事を摂れているのか少し気がかりだった。
「安心しなさい。儂の部下に聞いたが、嘴殿は不埒者と出会うことなく家路に着いたとのこと。姿を見られていないから、狙われる可能性は少ないだろう。それでも大事を取って、しばらくは騒がずに、と通達しておる」
「そうでしたか。何から何まで、ありがとうございます」
哢は胸を撫で下ろし、早速鮎に手を付けようとした。そのときだ。哢に宛がわれた部屋が素早くノックされる。鶏頭は片眉を上げ、何事かと問いかけた。
「鶏頭様、ご報告があります」
翼帯の声と分かるや否や、鶏頭は哢に断りもなく入るように促す。それもそうだ。ここは元々、鶏頭の持ち物である。
「失礼いたします」
招かれたのは、翼帯だけではなかった。俊足の風切も共に扉を潜り、何やら鶏頭に耳打ちする。忌々しげに顰めた顔は、少年には垣間見せなかった。
「どうやら、やはり反逆者のようだ。事が済むまで、ここで大人しくしていなさい」
その言葉は、再度哢を食事から遠ざけた。不安そうに星長を煽る少年は、ただ押し黙って事の顛末を探る。自分にはどうすることもできない。
「そうだ、風切。哢のお父上の、身の安全は確保されているかね?」
それはこれ見よがしに、わざとらしく訊かれる。風切は気付かれないように哢を一瞥し、その意を汲み取って大仰に答えることを選択した。
「はい。嘴殿にお会いしましたが、安全のためご自宅で待機をお願いいたしました。しばらくは我が部下が、周りを護衛していますのでご心配には及ばないかと」
「そうか、そうか。ご苦労であった。万が一のことがないように、しかとお守りしなさい」
「はっ! 必ずや遵守いたします!」
元気よく返事をした二人を返し、鶏頭は改めて哢に向き直る。皺の多い顔は得だ。口の端の角度を少し変えるだけで、穏便な笑顔を作ることができる。
「騒がせて済まなかった。すっかり冷めてしまったね。どれ、新しいものを作らせよう」
「あぁ、いえ……、構いません。ありがたく、いただきます」
老人が食事に手を掛けようとしたが、少年はこれを制した。少しばかり安心したのか、眼には安堵の光が戻っている。
――これでもう大丈夫だろう。
男二人の心の声は、思わぬところで重なった。
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