第55話 怪我をしてしまいました。

「脚にダメージがきていますね。 でも、軽度なので数日しっかり休んだら直りますよ。 部活にも走らないのであれば参加していいと思います。 筋トレなどが中心になるとは思いますがね」


「分かりました。 先生、ありがとうございました」


「いえいえ、お大事に」


 俺は母さんと一緒に病院に行き、診察を受けた。


 どうやらオーバーワークにより、脚にダメージが溜まっていたらしい。


 でも、軽度だから良かったな。


「陸。 軽い怪我で良かったわね」


「うん。 ちょっとだけホッとしたよ」


「私も安心したわ」


 俺と母さんは会計を済ませて、病院から出る。


 後は帰るだけだけど……。


「ごめん母さん。 帰りは歩いていい?」


「え? なんでよ? 車の方が早いのに」


 母さんは不思議そうに俺を見た。


「ちょっと、歩いて帰りたい気分なんだ」


「ふーん……まぁ、別にいいけど。 夕飯までには帰ってくるのよ」


「はいよ」


 俺は母さんの車を見送る。


 さて、歩くか。


「…………」


 秋になって寒さだけではなく、陽が落ちるのも冬に近づいてきた。


 病院に入る頃は明るかった世界も、今は少しずつ暗くなっている。


「……はぁ。 寒っ」


 俺は手をポケットの中に入れる。 少しだけ寒かった手が暖かくなったように感じた。


 俺は特に目的地を決めずに適当に歩く。


 すると、看板に目がいき、そこに書かれている文字に心が惹かれた。


「○✖︎公園か。 そういえば、当分行ってないな……」


 ○✖︎公園はここら辺にある公園で1番大きな公園だ。


 高台からはこの町を見下ろすことができる。


「よし、久しぶりに行ってみるか!」


 俺は目的地が決まったからか、さっきよりも早いスピードで歩いた。


 そして、数十分かけて○✖︎公園へと来たのだった。


「うわっ! こんなにこの町って光があったんだ……」


 高台から見える景色は幻想的な光の数々。


 普段は気にしてない光も、こんなに集まると綺麗で印象に残るんだな。


「この光って社畜の人たちが頑張ってる光でもあるのかな?……お仕事、お疲れ様です」


 俺は小さな声でそんなことを言う。


 俺も大人になったら、あの光を作る一員になるのだろうか?


「……にしても、怪我かぁ。 軽度とはいえ、怪我かぁ」


 俺は手すりに体重を預けて呟く。


 この秋から春にかけての期間で、どれだけ自分を鍛えることができるかが、他の選手との差を広げる鍵になると思っていた。


 なのに、軽度とはいえ、怪我で出鼻を挫かれてしまった。


 俺はこれから大丈夫なんだろうか?


「……ふぅ。 これぐらいのことでウジウジ言ってられないな」


 俺はそう言うが、まだ気持ちは立て直っていない。


「……今、この瞬間にでも、色々なランナーが練習しているんだろうな」


 夏季大会、秋季大会で凌ぎを削ったあの選手たちは頑張っているに違いない。


 それに、記録会で話しかけてくれたあの選手もきっと、次の大会に向けて頑張っているだろう。


 なのに、俺は怪我で走ることができない。


 いくら筋トレとか他の練習はできるとはいえ、走らないと始まらない。


 走れていて、練習をしっかりしていた頃でも俺より上の奴は何十人もいたのに、俺はここでまた差をつけられるのか?


 そして、俺はその差を埋めることができるのか?


 俺の中で不安や苛立ちが駆け回る。


 ——————————————俺はこれから一体、どうなるんだ?


「くそっ……! 焦っちゃダメって分かっているのに、気持ちは焦る。 どうすりゃいいんだ……!」


 俺は町を見下ろしながら呟く。


 俺の呟きは、突然吹いた風にかき消されてしまった。

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