第18話 生まれて初めて女の子と相合傘をしました。
「……」
「……」
耳に聞こえるのは雨の音と二人の足音だけ。
あれから塾を出て少し歩いている俺たちだが、いつもよりも会話が少なかった。
緊張していて、いつものように話せない。
今までとは比べものにならないぐらい松田さんが近くにいて、いやでも意識してしまった。
女の子特有の甘い匂い、時々ぶつかってしまう肩の感触、揺れる綺麗な黒髪。
1つ1つが気になってしまう。
俺臭くないよな? 汚くないよな? 脇汗凄いけど大丈夫かな?
俺の思考がグルグル回っていく。
なにか話したほうがいいよな?
でも、なにを話せばいいんだ?
俺は傘を持つ手に力が入る。
俺は今、人生で一番緊張しているのかもしれない。
「……ねぇ春名くん」
「は、はい!?」
俺がドギマギしていると、松田さんに話しかけられた。
自分の声が裏返っていることが分かる。 は、恥ずかしい……!
「春名くんってさぁ……紳士なんだね」
「……は?」
俺は松田さんの言葉を聞いて茫然としてしまう。 きっと口を開けて間抜け面を見せているにちがいない。
「え、どうしてそう思うの?」
「だって春名君、塾出てからさりげなくずっと車道側歩いてくれてるじゃん。 それに歩幅も私に合わせてくれてる。 あと、私が濡れないようにしてくれてるじゃん。 春名くんの右肩が濡れてるの私知ってるよ」
松田さんが俺のことを見る。 松田さんは身長が低いから自然と上目遣いになっていた。
松田さんの大きな真ん丸い目には驚いている俺が映っていた。
「だって車来たら危ないじゃん。 歩幅だって合わせないとまた濡れちゃうし……。 別にそんな特別なことはしてないよ。 当たり前のことをしているだけだと思うよ?」
「でも、その当たり前ができるって凄いことだと思う!」
「そうかな?」
「そうだよ! とっても素敵なことだよ! 自信もっていいことだよ!」
「そ、そっかぁ……」
俺は知らないうちに凄いことをしていたみたいだ。
……自分の中で当たり前だと思っていたことが褒められるっていうのは、あんがいいいもんだな。
「いやー春名くんってもしかして女の子エスコートするの慣れてる?」
「慣れてるように見える?」
「見える!!!」
「…………ありがとう」
松田さんキラキラした目で俺を見て、そんなにはっきり断言しないでくれ。
俺は女の子に慣れていないよ。 女友達だって松田さんが初めてなのに。
慣れていたら最初の無言の時間はなかったはずだよ? 気の利いたことの一つや二つ言えたはずだ。
「……松田さんってモテるでしょ? 相合傘も初めてじゃないんじゃない?」
俺がそう言うと、松田さんは不思議そうな顔をする。
しかし、数秒経つとボンッという効果音が聞こえるぐらい顔を真っ赤にした。
「うぇぇぇ!? べ、別に私モテないよ!? 告白だって少ししかされたことないし!」
……告白されたことあるんだ。 俺は生まれて一回もないや。
「男の子と二人っきりで帰るなんて生まれて初めてだし!……相合傘はしたことあるけど」
「したことあるんだ」
「あるけど琴とだよ? 男の子とは初めて」
「そうなんだ。 松田さんってモテるからてっきりしたことがあるんだと思ってた」
「えー春名くんはそう思ってたんだ!」
話している内に緊張がほぐれてきたのか、お互いにいつものように会話することができるようになっていた。
しかし、次の松田さんの言葉により、俺は顔を真っ赤にするのだった。
「じゃあ私の初めての男の子相合傘は春名くんだね。 嬉しいかも♪」
「……ツ!?」
え、なに、どういう意味!? 深い意味あるの!? え、えぇぇぇぇ!?
「?? 春名君どうしたの顔真っ赤にして?」
「べ、別になんでもないよ」
「じゃあ、なんで顔下向けてるの?」
「別になんでもないってばぁ!!
「は、春名君が怒ったーーー!?」
松田さんがビックリした顔をする。
むしろビックリしたのは俺だよ……。
俺は制服の胸元をパタパタと仰ぐ。 雨に濡れて少し冷えていた身体が、いつの間にか気にならないようになっていた。
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