第4話 再会

「あの、水鏡音愛です!!朝はすいませんでした!!」


「いや、さっきのことはもうカタはついているから大丈夫だよ。」

俺の顔を見るなり、勢いよく誤ってくる新人に僕は苦笑を浮かべながら大人の余裕を見せる……フリをする。


いや、彼女とは確かにカタはつけて別れたはずなのに、再び出会ってしまった。その事実に戸惑うのは当然のことだとは思う。

それも教育係と新人という関係で再会するなんて、神様ですら考えてもいなかったはずだ。


「けど……。」


「気にするな。あ、自己紹介がまだだったね。教育係を担当する片桐奏音です。よろしく」

僕は肩のついた話を盛り返そうとする彼女の言葉を遮って自己紹介をして右手を差し出す。すると、「はい、よろしくお願いします。」と言って水鏡さんは僕の右手を握り返してくる。


小さくて柔らかい手の感覚が僕の右手を包み込む。

その感覚にドキッするが、表面には見せないように心がける。


すると、「コホン!!」と咳払いが聞こえる。

僕と水鏡さんの間を割って入りそうな様子の雪吹さんが僕の顔をジト目で見る。


「はい。どうやら相性が良さそうなのでなので安心しましたが……、今は仕事しましょうか?」

雪吹さんはなぜか怒りを含んだ笑顔で言うので、僕は焦って水鏡さんの手を離すと、彼女は自分の席の方に踵を返す。


だが、その帰り際に、「……あと、片桐くんは昼休憩に私のところまで来なさい!!」と僕の方を顔だけ向けて言う。

だが、雪吹さんの名前のように冷たい言い方の呼び出しに僕の心は凍る。


……何?もしかして、握手もセクハラ案件だった?

普段の彼女の様子を近くでよく見てきたが、雪吹さんが人の間違いを訂正しないままで業務を行うことはしない。


彼女のフォローやサポートがあったからこそ、僕は今でもこの仕事を続けられると言い切れるほどに彼女のことを尊敬しているし、信頼もしている。


だが、今回は全く訂正もなく戻ってしまったせいで何が悪かったのかわからないまま、俺は水鏡さんに一連の業務の流れや仕方を教える。


集中しきれない僕と違い、水鏡さんは熱心に業務の流れを覚えようとしていたので、感心する。


そして午前の業務が早々に終わる。


休憩時間になり、俺は雪吹さんに呼び出された。


「……片桐くん。」

雪吹さんは俺の顔をじっと睨みつけるように見つめる。

その表情にゴクリと喉を鳴らして彼女の言葉を待っている。


その光景はまるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまっていただろう。

すると、彼女は、「……外にご飯行こうか。」

と言うので、僕は梯子を外されたように脱力する。


そう言い終えると雪吹さんは足早に会社を出ていくので、僕は後を追う。


すると、雪吹さんはとある食堂に入っていく。

その後に続いて店内に入った僕は先に席を確保した雪吹さんの所へ行く。


「いらっしゃい。」

少し年配のおばちゃんが僕が座るのを確認するとお冷やを持ってやって来た。


僕たちが注文を終え、おばちゃんが離れると雪吹さんは「さて……。」と、言って顔の前で両手を重ねる。


その威圧感たるや、常人なら失禁しかねないほどのものだった。


……えっ、僕はって?僕はもう慣れたものさ。


震える両足をどうにか落ち着かそうといたって冷静を装っていると、雪吹さんがゆっくりと口を開く。


「片桐くん。音愛の事、知ってたみたいだけど……知り合い?」


「えっ?」


「えっ?じゃなくて、知り合いかどうかきいてるの!!」

雪吹さんの質問に僕は唖然とする。

だが、なぜか彼女はご機嫌斜めなので、余計なことは聞かず、今朝起きたことを簡単に説明する。


「ふーん、イヤホンをねぇ。だから顔を知ってたわけだ……。」

どことなく複雑そうな顔で2人を見比べる雪吹さんに僕はさっきまで飲み込んでいた質問をぶつける。


「あの……雪吹さん。水鏡さんと知り合いなんですか!」


「ん?さ、さぁ〜、なんで?」

僕の質問にすっとぼけたような顔をする雪吹さんをじっと見る。僕の視線に彼女の目が泳いでいるのを見て、彼女がなにかをごまかしているのが分かる。


「ごまかしても無駄ですよ?さっき水鏡さんの事を音愛の事って言っていましたし!!」

と、僕もジト目で尋ねると、雪吹さんはあちゃーと言う顔をして頭を叩く。


「うん、知り合いなの。私の幼馴染の妹なのよ。会社にコネ入社できてもらったって知られたら音愛も誰もいい気がしないでしょ?」


「正社員ならともかく、派遣にそこまでしますかね?」

再び疑問を投げかけると、雪吹さんはギクッと肩を揺らし、ため息をつく。


「片桐くんには敵わないなぁ〜。実は音愛に派遣会社を紹介したのも、会社に口利きをしたのも私なの……。だからなんか気まずくて……。」

頭を掻きながら苦笑いを浮かべる雪吹さんを見て、彼女の不審な態度の理由がわかった。


「だから、誰にもこの事は言わないでね!!」


「はいはい、言いませんよ。怒られるのかと思ってひやひやしてましたよ……。」

僕の目の前で両手を合わせる彼女を見てホッとする。


「なんで、おこられるの?」


「いや、握手がセクハラ案件とか言われるのかと思いました。若い子はそう言うこともいちいち気にしてそうだし。」

と言うと、彼女は再びジト目になる。


「なんですか、その目は?」

僕が尋ねると、彼女は口を尖らせる。


「ふーん、わかってないんだ?さすが片桐……。」


「?」

僕は彼女の言葉の意味がわからずに首を傾げた。


「なんでもない。はい、話は終わり!!さぁ、急いで食べないと午後からの業務が始まるよ!!食べた食べた!!」

俺の不思議そうな顔を見た彼女はそっぽを向いて、ちょうど来た昼食をおばちゃんから受け取る。


そこからは無言のまま箸を動かす。

食べ終わり、レジで代金を支払っていると不意に雪吹さんがぽそりと呟く。


「音愛の事、よろしくね……。」


「はい?」

ちょうどお釣りをもらっていた俺はその声が聞こえずに聞き返すが、彼女は「なんでもない!!」と言って先に店から出てしまった。


俺は頭を掻きながら、雪吹さんの後を追うように見せをでた。

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