桃太郎

@mimosa555

第1話 どんぶらこ

 もう今は山に柴刈りに行く人もいない。川で洗濯をする人もいない。山は次々とひらかれている上に、薪を集める必要もない。さらに古い民家にも最新型の洗濯機が置かれ、整備されていない自然の川はほとんど見なくなった。昔話は文字通りになってしまったようだ。今の子供たちは「山に柴刈り」を理解できるのだろうか。


 そんな現代に、いわゆる避暑地と言われるような都会から少し離れたところに老夫婦が住んでいた。彼らの一人娘は結婚し家を出て行った。2人で暮らし始めてもう30年あまりになろうか。このあたりでは過疎化が進み、ご近所さんもほとんどいなくなってしまった。この年になるといつ病気で倒れてもおかしくないのだが、病院が遠いため定期的に検診に行くこともできず、少ない年金ではぎりぎりまで介護をお願いする余裕もない。残された人生の目的も特になく、買ったばかりのスマートフォンも使いこなせずに飽きてしまった。


 じいさんの唯一の楽しみはただひとつ。近くの浅い川で釣りをすることである。ばあさんはその姿を微笑みながら見ている。目が悪くなって竿先がよく見えない上に、手が震えるので全くと言っていいほど何も釣れない。ただ奇跡的に何か釣れた日は晩ご飯にしてばあさんと一緒に食べる。何よりも楽しみであった。


 肌寒くなってきた秋の終わりのある日、いつものように2人は川に向かった。じいさんは最近膝が痛いようで歩くのが遅い。まだまだ元気なばあさんがじいさんを支えようと手を差し出すと、じいさんは鼻を鳴らしながらその手を払い除けた。じいさんは若い頃から優しい人ではあるが、プライドが高く、自己主張は決して曲げない頑固なところがある。この人は死ぬまで他人を頼らないのではないかと、ばあさんは呆れつつも頬を緩めた。


 いつもの大きな石の近くに腰掛け、竿を垂らし始めた。すると川上から何か流れてくるのが見えた。色は薄い紅色で、かなり大きい。それこそ洗濯機くらいの大きさだろうか。目が悪い2人はよく見えなかったが、確実にただの漂流物ではないことはわかった。下流に降りてくるにつれて形がはっきりしてきた。大きな桃だ。興味をもったじいさんは、膝の痛みも忘れて川に飛び込んでいった。重さも相当なものであったが、なんとか岸まで運び出した。ばあさんはあまりの突然の出来事に少々困惑したが、とりあえず家に持ち帰ることにした。


 重さは25キロほどだろうか。これほど巨大な桃は見たことがない。どこから流れてきたのか、どんな味なのか。2人はこの桃を割ってみることにした。じいさんが、若い頃に趣味の日曜大工で使っていたのこぎりを裏の倉庫からもってきた。真ん中から歯を入れる。思ったより柔らかく、簡単に切れそうだ。歯を少し進めると、違和感に気づいた。中が空洞だ。しかしこれほどまで大きくなると中がスカスカになるのも不思議はない。そう思ってのこぎりを握り直した。その瞬間、向かいに座っていたばあさんが叫び声をあげた。中に人間が入っていたのだ。2人は息を飲んだ。状況を全く理解できなかった。しかしこのまま放置するわけにもいかず、じいさんは思い切って最後まで切り進めた。


 ほとんど皮しかない桃から、綺麗な金髪で純白の肌をもった、5、6歳の少年が生まれた。

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