第8話 6月⑧
朝から雨だ。天気予報によると午後にはやむらしい。俺は雨があまり好きではない。雨の中の自転車通学は辛いし、気分もなんとなく憂鬱になる。せめて登下校時だけ雨がやんでくれたらなぁ……などと都合のいいことを考えつつ、レインコートに身を包み、いつもより早めに家を出た。
ホームルームが終わると俺は昨日約束したとおり、かえでのことを優香に聞いた。
「かえで……、いや、あの事故にあった二年生の子ってどこに入院してるか知ってる?」
「たしか、記念病院だよ。でもなんで?」
「いや、なんか気になったから」
「ふーん。響平も気にかけてるんだね」
「ま、まあね。でも、何階にいるかまではわからないよね?」
「うん、そこまではわからない。歩美ちゃんに聞けばわかるんじゃない」
歩美はバレーボール部で副キャプテンをやっているクラスメートだ。
「そうだな。後で聞いてみるよ」
「うん」
その後は優香が別のクラスメートに話しかけられたので、会話はそこまでになった。
──午後八時半。今日も部活動が長引いてしまった為に今の時間になってしまった。雨はお昼過ぎには上がっていたので、公園で少しだけ話をすることにした。優香は寄らずに帰ろうと言ったのだが、かえでと話さなくてはいけないので俺が引き留めた。
しばらく優香と話していると、かえでが入ってきた。
「先輩、こんばんは」
「あっ、かえでちゃん。こんばんは」
「先輩、今日も遅かったですね。待ちくたびれちゃいましたよ」
「ごめん。今日もまた部活が長引いてさ」
「そうだったんだ。先輩、部活頑張ってるんですね」
「いやいや、俺は頑張ってないよ。みんなは頑張ってるけどね」
そう言って笑うと、
「えーっ、頑張ってないんですか?だめじゃないですかぁ、一生懸命練習しないと」
かえでも笑った。
「でも、練習しなくても上手いから大丈夫なんだよ」
俺は冗談で言ったつもりだが、かえでは真顔で返してきた。
「たしかにめちゃくちゃ上手いですもんね。練習なんかしなくても平気ですよね」
「冗談だよ。俺、全然上手くないから」
「なに謙遜してるんですか。先輩本当にすごいですよ。クラスでも先輩のファン多いですよ」
「からかわないでよ」
「からかってなんかないですよ。先輩のトランペット、本当に上手くてかっこいいです」
かえでがそんなことを言うから俺は照れてしまった。
「かっこよくなんかないよ。あっそうだ昨日の話なんだけど」
俺は話題を変えた。
「かえでちゃんは記念病院にいるらしいよ」
俺は歩美から聞いたことをかえでに話した。
「あっ、やっぱりそうだったんですね」
「意識が戻ってないからまだICUにいるみたいだよ」
「そうですよね。私はここにいるんだから戻らないですよね」
かえではそう言って笑った。
「もう自分の身体に戻れるね」
俺がそう言うと、
「でも戻っちゃうとこうやって先輩とお話できなくなっちゃいますね」
かえではそう言って少し残念がった。
「そうだけど、早く自分の身体に戻らないと。みんな心配してるんだから」
「そうですよね……。わかりました。自分の身体に戻りまーす」
かえでは元気よく返事をした。
かえでの意識が戻らないのは、幽体離脱状態にあるためで、それが解消されれば自然と意識は戻るだろう、俺はそう考えていた。かえでが言っていたとおりこういう形で会話をするのは今夜が最後だろう。
「先輩、今日までありがとうございました。先輩と話せて楽しかったです」
「かえでちゃん、俺も楽しかったよ」
「ほんとですか。よかったです。あの、先輩……」
「なに?」
「退院したら……」
「退院したら?」
「あっ、いや何でもないです」
「えーっ、何だよ」
「大丈夫です」
「気になるじゃん」
「ほんとに何でもないんです。気にしないでください。それより先輩早く帰らないと。早乙女先輩にも悪いし」
かえでは話をそらした。
「あっ、ああ。じゃあもう帰ろうか」
俺がそう言うとかえでは小さく頷いた。
午後九時。俺とかえでは公園を後にした。
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