第6話 6月⑥
――次の日の朝。俺はいつもより十五分早く家を出た。教室に着くと優香はもう自分の席に座っていた。そして俺の姿を見ると、
「あれっ!?響平どうしたの?こんなに早く登校するなんて」
驚いた表情をしている。
「いや、なんとなく。あの、かえでちゃん……?」
「えっ?かえでちゃんって誰?」
「あっなんでもない。気にしないで」
俺は、もしかしたらかえでが入っているかもしれないと思い名前を呼んでみたが、どうやら普通の優香のようだ。
「変な響平。熱でもあるんじゃないの?」
そう言うと俺の額に手のひらを当ててきた。
「あれっ?大変。すごい熱があるよ!」
「えっ、うそ!?」
「うそ。平熱です」
「なんだよ。ビックリするだろ」
「ふふふ。でも慣れないことをすると本当に熱が出ちゃうよ」
俺は笑っている優香に、昨晩の出来事について聞くことにした。
「ところで、昨日のストロベリームーンなんだけどさ……」
「あーっ、響平、もしかしてストロベリームーン見たの?」
優香は食い気味に俺に聞いてきた。
「うん。俺は見たんだけど、優香は見なかったの?」
「それがね、気が付いたら眠っちゃってて、見られなかったんだ。見たかったのになぁ……」
優香はすごく残念そうな顔をしている。
「ねぇ、ストロベリームーンはきれいだった?」
「うん。すごくきれいだったけど……」
「あーあ。見たかったなぁ……。でも響平はなんでストロベリームーンを見たの?興味なんて無いと思ってたのに」
「いや、ちょっと訳があって見ることになった」
「そうなんだ。誘ってくれればよかったのに……。なんてね」
優香は昨晩の出来事をまったく覚えていないようだった。
「昨日の夜、メッセージくれたよね?」
「えっ?なんのこと?昨日は響平にメッセージなんて送ってないよ」
当然といえば当然なのだが、かえではメッセージを削除したみたいだ。
「やっぱり今日の響平はなんか変だよ。早起きして寝ぼけてるんじゃないの?」
「う、うん。ちょっと眠いかも」
「授業中居眠りしちゃだめだよ。せっかく早起きしても意味がなくなっちゃうからね」
「ああ、気をつけるよ」
俺はなんとなくごまかした。
しかし、俺が早く学校に来ることがそんなに珍しいのか?確かにいつも遅刻ギリギリだが、熱があるとか、寝ぼけているとか、ひどい言われようだ。
そんな優香は吹奏楽部の朝練に出ているから、俺よりも一時間以上前には学校に来ている。
うちの高校の吹奏楽部は厳しい練習はしないので、朝練は自主練習だし、放課後の練習も比較的短い。
俺が朝練に参加したのは数回しかない。
いつもと違いチャイムが鳴るまでが長かったが、優香と話しているうちにホームルームの時間になり一日が始まった。
――放課後。今日一日、優香に変化はなかった。かえでのまま元に戻らなかったり、おかしくなったりしたらどうしようかと思っていたので、俺は少し安心した。
いつもの公園のいつものベンチに二人で腰掛け、いつものように雑談を始めた。
「昨日、この公園で月を見たんだけど」
「ええーっ!わざわざここまで来て見てたの?だったら本当に誘ってくれればよかったのに」
優香はふくれっ面をしている。
「ごめん。急なことだったし、優香が見ていないと思わなかったから」
「えっ?急って……。響平……、もしかして誰かと一緒に見たの?」
心なしか不安そうな表情をしている優香を見て、俺はまずいと思い慌てて否定した。
「そんなわけないじゃん。一人で見たんだよ。コンビニに行った帰りに急に思い出したから」
「本当に?」
優香は疑いの眼差しで俺を見つめている。
「本当だよ。優香だって知ってるだろ?俺にそんな相手がいないこと」
「うーん……。たしかに響平にはそんな相手はいないか」
安心したような表情の優香に、心境は複雑だった。俺は優香が見せた表情の意味を確認しようと聞いてみた。
「優香は俺に彼女ができたら嫌なの?」
優香は少し考えたあとに、ちょっとだけうつむきながら答えた。
「そんなことはないんだけど……。でも彼女ができたら一番に教えてほしいな。響平に隠し事とかされるのなんとなく嫌だから」
そして、膝の上でギュッと手を握ったまま、顔を上げて俺の方を向いてニコッと笑った。
「分かった。彼女ができたら一番に報告する」
「うん。ありがと」
「優香に彼氏ができても真っ先に教えてね」
「うーん……、教えてあげない」
「えっ!なにそれ?俺は教えて優香は教えてくれないの?ズルッ!」
「ずるくないもーん」
そう言うと、優香は立ち上がり走り出した。
「あっ、ちょっと待って」
俺は優香を追いかけた。
狭い公園を走り回る二人。しばらく走ったあと、俺は優香の腕を掴んだ。
「ハーッ、ハーッ、捕まえた」
「ハーッ、ハーッ、ハーッ、捕まっちゃった」
すると優香が突然笑い出した。
「ふふふふふふふっ」
「はははははははっ」
俺もつられて笑った。
そしてしばらく二人で笑っていた。
「響平、そろそろ帰ろう」
「うん、帰ろう」
ひとしきり笑ったあと、俺と優香は日の暮れた公園をあとにした。
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