第4話 6月④
「えっ?優香じゃないってどういうこと?」
優香は頭を深く下げたまま答えた。
「あの、私二年の里中かえでと言います。訳があって、早乙女先輩の体をお借りしています」
「えっえっ!?体を借りてるってどういうこと?訳って何?」
俺はますます混乱した。そして少しパニックに陥ってしまった。そんな俺に優香は下げていた頭を上げて、冷静なトーンでこう言った。
「すみません。突然こんな事言われても意味が分からないし、困りますよね。事情を説明させてもらってもいいですか?」
俺は頭の中の整理がつかないまま、とりあえず優香の話を聞こうと思った。
「ごめん。そ、そうだよね。分かった、話を聞くよ」
「ありがとうございます」
そう言うと優香は隣に座り、説明を始めた。
「あの実は私、事故にあっちゃったんですよ。」
「えっ事故?優香が事故に!?」
「落ち着いてください。早乙女先輩じゃなくて私が事故にあったんです。自転車で帰っている途中で車とぶつかっちゃって。それで気がついたら早乙女先輩の家の上を浮遊していたんです。幽体離脱とか言うんですよね?そしたら、そこに早乙女先輩が帰ってきて。そしたら、引き寄せられるようにスッと体に入ってしまったんです」
やっぱり何を言っているのか分からない。ただ、今話している相手が、正常な優香ではないことは分かった。俺は事故に合った優香が頭をぶつけて、訳の分からない事を言っているのではないかと思った。
「大丈夫?頭とか打ってるんじゃないか?」
心配になった俺が聞くと、優香は少し考えながら答えた。
「そうですね、たぶん頭も打ってると思います。でも全身打ってますよ。吹っ飛ばされて、地面に叩きつけられるまでの記憶はあるんで。ふふっ」
いや、笑って話すような事ではない。そんな大事故なら当然病院に運ばれているはずだ。でも目の前には優香がいて、そして傷一つない。
ここで俺は今起きている事象を冷静に考えてみることにした。
そもそも、二時間前まで一緒にいて、メッセージも優香のスマホから送られてきたのだから、優香自身が事故にあったのではないというのは本当だろう。では優香はなぜこんな変な事を言っているのだろう。こんな冗談は言わないはずだし、冗談だとしたら笑えない。にわかには信じ難いが、やはり優香の中に別の人格が入っているのだろうか。
「あの、先輩大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「ごめんなさい。変な事言っているのは分かってるんですけど、事実だから」
そう申し訳なさそうに話す優香を見て、とりあえず疑うのはやめようと思った。
「優香……じゃないんだよね。なんて呼んだらいいかな」
「あっ、かえでって呼んでください」
「かえでちゃん」
「はい」
優香に向ってかえでちゃんと呼び、返事が返ってくる。変な感じだ。そんな事より優香と話しているわけではないので、何を話していいのか分からない。
また、静かな時間が流れる。遠くで虫の鳴く声が聞こえる。
俺は必死に話題になることを探した。そして朝礼のことを思い出し、かえでに聞いてみた。
「かえでちゃんてもしかしてバレーボール部だったりする?」
「そうです。先輩なんで知ってるんですか!?」
驚いているかえでに朝礼のことを話した。
「えーっ、全体朝礼で私のこと話していたんですか?なんだか恥ずかしいなあ」
「まぁ俺は遅刻したから朝礼には出てないんだけどね。朝礼の内容は優香から聞いたんだ」
「そうだったんですね。あの、一つ聞いていいですか?」
「ん?なに?」
するとかえでは俺の方を向くと、真剣な眼差しで聞いてきた。
「先輩は早乙女先輩のこと好きなんですか?」
「えっ、いや、あの……」
かえでの直球すぎる質問に俺は即答できなかった。
「なんでそんなこと聞くの?」
俺はかえでに質問し返した。
かえでは俺の方に向いていた体を戻すと、まっすぐ前を見て答えた。
「先輩たちいつも一緒にいるじゃないですか。だからお互い好きなんだろうなと思って」
確かに二人でいることは多い。でもそれは同じクラスで部活動も一緒だし、家も近いからだ。
優香は中学二年生のときに引っ越してきた。二年間同じクラスだったが、優香は吹奏楽部に入り、俺は卓球部だったため、話すのは休み時間くらいだった。
同じ高校に進学し、優香に誘われて俺も吹奏楽部に入り、高校でもずっと同じクラスで今のような関係になった。なんでも言いあえる友達なのは間違いないし、好きか嫌いかといったら嫌いなはずがない。ただ恋愛感情があるかと言われると正直分からない。
「いや、特に好きって訳じゃないよ。たぶん優香だって俺のことを恋愛対象と見てないよ」
「ほんとですかー?」
かえでは俺の目をジッと見た。かえでが見つめるからまた俺はドキドキしてしまった。
「よかった。それなら私にもチャンスがありますね」
そう言うとかえではニコッと笑った。
「それってどういう意味?」
そう問いかける俺にかえでは、
「なんでもないです。それよりストロベリームーンを見ましょうよ。すごくきれいですよ」
そう言って空を見上げた。
俺も一緒に空を見上げた。
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