第3話 6月③

「こんな時間に呼び出してごめんなさい」


 俺が優香の前まで行くとそう言って頭を下げた。


「いや、全然大丈夫だよ。それより座って話そう」

「はい」


 俺がベンチに座ると、優香もまたちょこんとベンチに腰掛けた。


「会って話したいことって何?」


 俺は早速問いかけた。すると優香は


「あの、その事なんですけど……」


 と言って少し下を向いた。そして、「ふーっ」と一呼吸おいた。そして俺の方を向くと、


「……響平さんと一緒に月が見たいなと思って」


 そう言って優香は少しはにかんだ笑みを浮かべた。俺は一瞬ドキッとした。それは、今までそんな表情をした優香を見たことがなかったからだ。


「あっ、うん……えっと」


 言葉に詰まっている俺に優香は、


「今日はストロベリームーンなんですよ。だからどうしても響平さんと一緒に見たかったんです」と言ってニコッと笑った。


「あっそうか。今日はストロベリームーンだったんだ」


 そう言う俺に優香は「はい」と頷いた。


 ストロベリームーン。そういえば、二、三週間前にそんな話を優香としたのを思い出した。その時の会話を思い返してみると、名前の由来だとか、月の呼び方が色々あるとか、そんな話をしていた。そして最後にこんなやり取りをしていた。


「ストロベリームーンって、好きな人と一緒に見ると恋が叶うと言われてるんだよ」

「へー」

「恋が叶うって素敵なことだけど、ほんとに効果があるのかなぁ。」

「あれ?優香って占いとかおまじないとか信じないタイプだっけ?」

「ううん。けっこう信じてるよ。それに満月には不思議な力があるとも言われてるし」

「そうなんだ。俺は信じないけどね」

「どうして?」

「だって、月に願い事して叶うんだったら誰も苦労しないじゃん」

「響平って夢がないよね。じゃあ二人で見ようと思ってたけど誘わない」

「えっ!?俺と見ようと思ってたの?」

「そうだよ。だって私が好きなのは響平だもん」

「えっ!えっ!?」

「ふふふ、冗談冗談。響平、顔が真っ赤になってるよ」

「ちょっとからかうのはやめろよ」

「ごめん、ごめん。まさか本気にするとは思わなかったから。ストロベリームーンは一人で見るから、響平は遅刻しないように早く寝て大丈夫だよ」

「はいはい、分かりました。その日は九時には寝ますよ」

「じゃあ遅刻はしないね」



 ――あの時の優香が本気だったとは思えない。でも今日こうして優香に呼び出されてストロベリームーンを一緒に見ている。俺は混乱してしまった。そして俺はまた優香に問いかけた。


「ストロベリームーンは好きな人と見ると恋が叶うんだよね?じゃあ優香が好きな人って……」


 俺が聞くと、優香は下を向いて黙りこんでしまった。俺も次の言葉が出てこない。

 しばらく沈黙の時間が流れる。


 どれくらい時間がたったか分からない。その沈黙の時間を破ったのは優香だった。


 優香は突然立上がると俺の方を向いて思いきり頭を下げた。


「ごめんなさい。私、早乙女先輩じゃないんです」


 俺は優香が何を言っているのか分からなかった。

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