第二十話

「————っ!」

 背中を突然、駆け抜けていく悪寒!

 リィが、何か……何かに……っ!


 ……オレがリィの母親に使い魔の契約をしてから、もう大分経つ。

 とゆーか、オレの方が母親として育ててきたよーなモノなんだけれどな。ホントにあの女王は忙しいというか、放任主義というか。お陰でリィはステキに捻くれていやがるし、年齢に似合わず悟ってしまった擦れたヤツに育ってしまっていた。

 でも、オレは。

 リィが好きだった。うん、『大切』だった。ずっと見てきた、育ててきたオレの主。悪戯をしたら怒ったし、ケガをしたら治してやった。魔法がヘタクソだったから頑張って教えてやったし、誰にも言えない秘密も打ち明けてもらっていた。

 使い魔だから、同等になんかなれないと知っていたけれど。

 でも、本当に大切だった。ガキで大人だったリィ。どうしようもなく、脆いリィ。

 あの人間……高井隆介によってすっかり作り変えられた、トゲの無くなったメイリカル=レイルド……。

 リィというヤツは、本当は寂しがりで泣き虫だったはずである。しかし、段々に意地とプライドでその『弱い自分』は固められてしまった。そして出来たのが、捻くれているという言葉の意味を百倍にするほどのつむじ曲がりの無鉄砲。ついでに無計画で無茶で無謀、無節操……ではないか。とにかく人を困らせるのが取り柄のクソガキだった。

 でもまぁ、それがあの男に夢中になってからすっかりと変わった。

 無茶はそのままだけれど、無茶の使い道が変わっていた。無鉄砲も無謀も、いい方向に使うようになっていた。だんだん……手間もかからずになって、凄く成長して。大人になってしまったのだ。



 本当は、オレがそうしたかったんだけれどな。



 オレが、変えてやりたかったんだけれどな。色んなコト。母親に対する憎しみとか、覆い尽すぐらいに愛してやりたかったのにな。ちゃんと、そうやって。

 そうやって、変えてやりたかった。


『ね、ルワンも私の家族になってね?』

『私は使い魔であって、主の家族と同等になるなどとおこがましい事は……!』

『ムズカシイ事言われてもわかんないよぅ……。妹はいるし、お母様もいるし、そーだっ、キミは私のお父さんになってよ!』

『いや、あの……だから……』

『イヤなのぉ……? 私のコトきらいなのぉ……?』

『あっ、な、泣かないで下さいっ、えーっと……』

『うえ……うえぇぇん……』

『オ、オレはお前のお父さんだぞ! こらこら泣くんじゃない、いい子だからな?』

『うわぁ……! わぁい、おとーさんだ、ルワンのおとーさんだあっ!』

『……こ、こんなカンジですか?』

『うん! ルワン、お父さんよろしくね!』


 リィが城の地下に入ってから、もう随分と時間が経った。半日、それとも一日かな? カオレッシュ様はもう帰ってきた。要領を得ない答え方で、リィの消息をオレに告げながら。

 『うん…よく、わかんないんだけれどね。なんだか地下の樹の下に椅子みたいなのがあって、お姉ちゃんが坐りなさい、って言って。二人で坐ったら下が光って、そうしたらお姉ちゃんがバタッて。起きないの』

 主が死んだら、使い魔も死んじまうはずだ。と、いうことは…まだリィは生きている。倒れた、その瞬間には生きていた。そして、声をかけられても起きなかった。けれどリィはまだ生きていた。……土壇場で契約を解消されないように、解消の方法は教えなかったんだよな、オレ。

 一人では、死なせないよ。オレも、一緒にいく。一緒に死ぬよ。

 オレはお前の家族なんだから。



「よ、ルワン」

「————」


 え?

 これは本当? それとも幻?

 にしては随分鮮明な———

 ……リィ……?

「なぁによ、そのカオはっ! あたしが死んだと思ってたんじゃナイでしょーね?」

「だって……お前……」

 羽がないじゃないか。耳も、頭の上にはないじゃないか。

 赤いリボンが銀の髪の上に……浮いてるように……

「どうする?」

「何、を……だよ? ううん、それより……なんで人間態で? 生きてるのか? ホントに」

「そーんなコトはどうでもいいの。事情はちょっとまだ話せないけど…時間ないし。どうする? あたしと一緒に、人間界に行かない? あんたなら向こうでも暮らせるよね、大気中の魔力を吸収して生きてる使い魔なんだからさ」

「……人間界……お前と一緒に、か?」

「もっちろん!」

 オレはヘタクソに笑った。そして、リィに向かって飛んだ。


 どうしてコイツがココに居るかは、まだ解らなかったけれど—————…。

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