第二十一話
リーン、ゴーンと…鐘の優しい音がする。庭には三人の少年が遊んでいた。
「ジル、ユーリ、リューっ、シスターがおやつの時間だって呼んでるーっ!」
「ほんと、イル? じゃ、おもちゃ片付けてからいく」
一人の子供が、プラスチックで出来たパステルカラーのシャベルを片付けながら立ち上がった。
…あたし、さっきまでディアーネにいたんだよ…ね。
それで、どうせなら隆介に逢いたいってコトで、そう言ってみたらワープ(?)して。
それで…気付いたら…
――――――――ココは一体何所なのよ!?
えーと、夕日がある。そんで、地平線が見える。た、多分人間界なんだよね。それで、現在位置が……なんだか日本の町中にありながらも異彩を放つ巨大な西洋風の館。こんなの、何所かで見た事あるなぁ……ホラ、自分の名前を言っているよーな屋根の十字架とか……。
教会……なのかしら……?
いや、あたし別に教会には縁もゆかりもナイのよね、ただ隆介に逢いたいハズなんだけれど何で教会なのかしら? なんで教会? むしろ教会?(混乱中。)
脇を通りすぎてった女の子から察するに、あたしの姿は見えていないらしいわね。西日がかなり眩しいにも関わらず、地面には影も映っていない。さらに足に至っては地面から少し浮いている。
…幽霊だわ、あたし…っ(泣)!
そんなこんなを思考していると、一人で玩具を片付けていた少年も立ち上がった。そして腕の中の玩具を落とさないようにしながら、少し俯きかげんで歩く。この子も、あたしの脇を通り過ぎ———通り過ぎ———
…て行かない!?
「あなた、だぁれ?」
幼い声が空中に投げかけられていた。空中=あたし。
…ちょっとちょっとメチャクチャあたしのコトをご覧になってるわよ、この子!?
そこであたしは、初めて少年の顔を真っ直ぐに見た。面差しは優しげで、なんだか少しボーッとした感じさえある。そして持っている雰囲気も、かなり……優しい。掴みどころがない。
あたしはそんな掴みどころのない雰囲気をもったヤツを、一人知っている。掴みどころが無いってゆーか、別に掴む必要はなかったんだよね。雰囲気全体であたしをつつんで、守ってくれてたみたいだったから。
そう。
隆介と、おんなじ雰囲気だ。この子。ホントにそっくり。ちょっと違う所もあるけれど、この雰囲気は似ている。よく見れば顔も少し似ているんじゃないのかしら……
かしら?
その事実に気付くと、あたしの眼は『皿のように丸く』なった(ああ、久し振りに日本特有コトバつかった気分…せっかく覚えたんだもんね…)。
そう、よく考えると周り建物はけっこう低い。今で言う、高層ビルや超高層ビルなんか影も形もない。でも、街のつくり自体にはけっこう馴染みがある。そして何より…
『教会で育てられてたんだ』『子供五人と、シスターと神父が一人づつ…』
ここは…
この子は…
ここは過去でこの子は隆介なの!? そっ、そんなっ! 隆介には会えたけれど、時間がずれてるわよ時間がぁ――っ! ユグドラシルのボケ――っ!
うう、しかも不思議っ子ぶりは変わってないわ、やっぱり隆介はあたしを見つけちゃうのかなぁ……なんなのよ、もぉ……。
「……百面相……」
はぁあっ!? しかもあたし、考えが全て顔に出てるわっ! いやー、変な眼であたしを見ないでよ、小さな隆介————っ!
「ねぇ、あなたはだぁれ? 浮かんでいるけれど……」
少年の隆介はまたあたしにそう問いかける。あたしは……ちょっと沈黙した。
自分が誰か、解らないワケじゃない。
ただ……
それを言うのは、因果関係を変えてしまうような気がして…どう言ったらいいのか……
「あなたは……何に見える? あたしのコト……」
あたしはそう、逆に問いかける事で質問をかわした。
「僕には、人間に見えるよ」
そ……
「……っか……。それは……ありがと……」
人間?
おんなじに見えるってコトかな。あたしが、自分とおんなじ生き物に見えるってコト。
…そう思ってしまおう。耳とか羽とか無視して、人間に見えたのかもしれないけれど。
おんなじ、ってコトにしよう。
ホントは、魔法使いとか人間とか。
もしくは、種族とか人種とか。
ぜーんぜん関係無しで。
好きだったら好き。嫌いなら嫌い。
それ以外に、理由…いらないよね。
「……キミの……名前は……?」
「隆介。神無隆介」
神無? あ、そっか、高井は養子に出てからの名字か。しかし教会の子が神無とは…うーん、なんか妙だわ…。
「……」
これから、
隆介が成長する。あたしにとっての『現在』に向かって、彼は成長する。その過程で……この能力が無くなってしまったら。
あたしは、あの夜空で見つけてはもらえなくなってしまう。それは困るわ、ホントに。そうならない為の予防線を張りたいけど……
ああ、そっか。
あたしは笑った。おかしくて、ついつい笑ってしまった。そうなのだ。そう、ぜーんぶ謎は解けた。ううん、謎なんかなかったんだ。
だって、仕掛けるのはあたしなんだもの。
「あたしは魔法使いなんだ。あたしを見つけてくれた人間の少年、キミにちょっとした魔法をかけてあげよう。それはとても———素敵な魔法……だよ」
「魔法? 僕に? ね、どんな魔法をかけてくれるの?」
「強くなれる魔法。何があってもけっして負けず、強い心を持っていられる……勇気の出る、そんな、魔法」
養子に入った先で、どんなにつらいメに遭っても。
思い出してね、あたしのこと。思い出してね、あたしの魔法。
あなたはけして、堕することなどない気高い心を無意識に持ち続ける。
「わぁ……!」
隆介は目を輝かせている。そうそう、隆介はそうでなくちゃ。そんなカオしてくれなくちゃね…そんな、眼でいてくれなくちゃ。
「ねぇ、誰だって魔法使いになれることを、けして忘れないでね。そうすればきっと、あたしの魔法は現実になるから」
隆介が出会う魔女、隆介にかけられる魔法。出会ったのはあたし、出会うのは……あたし。
……そうね、誰だって魔法を使えるんだから、
誰だって魔法使いだわ。
「さぁ、眼を閉じて? いい? 1、2の……3!」
そう言ってあたしは魔法をかけた(魔力を吸われたのに何故魔法が使えるかって? 応用する方の魔力ならまだ残ってるのよ大量にね)。
でも、ちょっとウソついたのよね。どんなウソって?
あたしが今かけた魔法はね、
強くなれる魔法なんかじゃ———ない。
そう、魔女を見ることが出来る————魔法。
眼鏡を掛ける要領の魔法は人体に影響しないみたい。よかった…前みたいなコトになったらどうしよっかと思っちゃったもんね。ほんのちょっとの力なら、人間にも耐えられるみたい。
そっかぁ、これが謎の答えだったのね。ぜーんぜん、謎なんかじゃなかった。これで、因果は正常に紡がれた。これでいい。多分、これで。
隆介は夜空にあたしをみつけて、
あたしはこいつに興味を持って、
そしてそれをキッカケに――コイツを好きになる。
おかしいの、こーやって現在が創られるんだ。ふふ、ホントに自分で創ってるわよ、未来ってヤツを。あは、スッゴイわ。ヤな過去なんかより、ずっとインパクト強いもの!
「リュー? はやく来ないと、みんなにスコーンを食べ尽くされちゃうわよ?」
あたしの背中の方から、女性の声が響いた。たぶんシスターさんなんだろう。
「はーいっ!」
隆介(リューって呼ばれてたのね……)は、そう返事をして教会の中に駆けていった。その背中を見ていたあたしは、なんだか凄く笑いたくなっていて……笑ってた。ホント、誰かに見せたいぐらいに軽く。笑う、ただそれだけの仕種。
「ほら、おもちゃを片付けて手を洗って?」
「うん、シスター」
お、シスターさんは外人さん(あたしが言えたセリフじゃないわ……)。そーいや、そう聞いたっけ。結構若くて美人じゃん。あたしと同じ銀髪で、色白……あ、眼があった。見えてないと思うけど、なんか気まずい。不法侵入してるからなー、後ろめたいってゆーのかしら。
「変わったお客様ね。なにか、ご用ですか?」
「え……っ?」
話しかけて……って、この人もご覧になってるの、あたしのコト!? う……うーん、隆介の不思議っ子振りはこのシスターから来てるのかしら……(汗)。
「あ、驚かないでね? 私ってちょっと妙な能力があるのよ、霊感体質モドキって言うのかしらねぇ、ま・気にしないで」
「え……と、すいません、あたし別にユーレイってワケじゃ無いんですけど」
「ええ、解ってるわ。どちらかと言うと……生霊?」
「ちゃいますっ!」
「やーねぇジョーダンよぉっ♪」
日本語が流暢ってゆーかその前に……
この人、明るい! そして軽い!(あ、妙な親近感が……)
あ、いつか隆介が言ってた育ててくれたヒト……それで、あたしと似てるってヒト、このシスターさんなのかな? で、でもあたしここまでイイ性格じゃナイっ!
「……何か、あの子に…リューに思い入れがあるのかしらね」
「え……?」
「だってあなた、リューのことをとても優しい眼で見てたわ。すごく、優しい笑顔だった」
「――――……」
「暖かい、笑顔が出来るのね。羨ましいわ」
ニコッと笑ったシスターは、そのまま教会へと消えた。
……羨ましいって、言われちゃったよ。優しいカオだってさ。暖かい笑顔だって。ホントかな、ホントにそんな風だったのかな。だったら嬉しいわ、ホントに。
これで、お終いかしら。
これで、未練もなくなっちゃったかな。
それじゃあそろそろあの世に飛ぶのかな。
――――また、あたしの足元から風が吹き上げた。
(……ここは……)
ユグドラシルがある。ってコトは、城の地下ね。あ、あたしの死体が転がってる。うーん…客観的に見ても、やっぱり可愛い(笑)。カオレ、いないみたいね。迷わず城に帰れたのかしら……うう、こんな時まであの子の心配かぁ……。
とは言っても、これからどうなるのかなー、ホントに誰かちゃんとあの世に連れてってくれないかしら。死神でも霊界水先案内人でもいいからさー……。寂しいじゃないのさー、誰かいないワケなのー……。
『あなたが、此度の子供ですね』
……この声は……。
「ユグドラシルの……声なの?」
『ええ、随分沢山の年月を過ごしましたからね。私にも意思というものが宿っているのです。……さて、訊ねます。あなたは望んでいたのではないのですか? 生きることを……そして、未来を』
うーん、質問の意図がよくわかんないわ、そんなコト聞いてどうするのかしら。ま、ウソはつない方がよさそう(チビッ子隆介についたのは嘘じゃないのかって? し、知らないわねっ)。
「望んでなかったと言ったらウソだけれどね。それよりカオレの……妹の生を望んでいたの。あたしみたいなヒネクレよりは、あの子みたいな素直ちゃんが生きてた方がいいでしょ?」
『…………』
「……ウソ……」
『…………』
「ホントはね、死にたくなかった。ホントはね、生き残る道を選んでいたかった。でもダメなのよね、あたしはお姉ちゃんだから、つい我慢しちゃうのよ……。本当はあの石碑が引っ掛けじゃないのかって希望持ってた、でも……死んだのはあたしだったみたい」
『……恨みはないのですか?』
「そんなのないっ!」
『!?』
ありゃ、言いきったらボーゼンとしちゃったみたい。息遣いでわかる。でも、ホントにないんだよね。全然、ナイ。むしろ『ヨカッタね』と言ってあげたいぐらいだわ。
「あたし、自分に運が無かったのはちょっと哀しいけどね、恨むなんてトンでもないわ。そんなコト考えたって楽しかないもん。基本的には、楽しければオッケー主義なのよ!」
『……ふふ、面白い考えですね』
「そう? あたしにすれば、当たり前なの。でもちょっと実行できなくて、実は未練タラタラで死んじゃった……ってカンジなんだけれどさ」
あたしは苦笑いした。ホント、もうちょっと楽しみたかったんだもん。もうちょっと、色んなコトをしたかった。
ま、叶わないかもしれないんだけれど。
『……何か、してあげられませんか? 生き返らせるのは、無理ですが……』
「…………」
思わぬ言葉に、今度はあたしがボーゼンとしてしまった。
……何か、してもらえるなら。そーだなー、どうしよっかなー……。
「アレ、作りなおせる?」
『え?』
「あそこに落ちてる死体を創りなおせるかな。そして、ちょっとだけ実験したい。考えが正しければきっと……。ダメかな? 無理?」
『……そうですね、頑張ってみますよ。本来なら無理なのですが、あなたの魔力はとても上質だったから…素敵な感情を持っていたのでしょうかね。今までの方達は、自分の死の事で頭も心も一杯だったというのに。貴女は、本当に余裕に溢れたままで————気高く素敵な心を持っていたから。まだ残っているんですよ、あなたの魔力。あの超自然災害を無効化してまだ余りあるとは、惜しい方ですね……若くして亡くなるには』
……ちょっと、照れる。
素敵な感情って……やっぱりアレよね。
そう、アレ。
隆介のくれた気持ちだよね。
こうして起こる、偶然というにはかなり運命的な奇跡。
あたしは今から奇跡になる。
そう、
ここで生贄となりながらもまた生き返るという――
『それで? どんなふうに、作りなおせばいいのですか?』
あたしはニヤ、と笑った。
「それはね――――――――――……」
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