第十九話

 当たり前だけど、あたしは自分の死を望んでいない。

 でもね、ちょっと抜け穴があったのよ、このセリフ。

 何か、って?

 だってさ、

 あたしはカオレの死も……望んでいないのよ。

 最後まであたしの頭にいたのは隆介だった。カオレを殺してまで隆介に逢ったって、自己嫌悪の地獄だよね。だから、最後まであいつの顔を思い浮かべていたんだ。最後まで、あいつの曲のフレーズを頭の中でエンドレスに流していた。

 そうするコトで、自分の死への……土壇場の恐怖に勝って、右の台座に坐る事が出来た。

 よかった、カオレは助かった。

 幸せになってね、カオレ。ばいばい。大好きだよ。お母様も、おまえも。本当はキライになんかなれなかったのよね、二人ともさ。怒ってただけ。憎んでなんかない。

 だって、家族だもんね。


 本当は知ってたのよ、あの日重症だったのはカオレの方だってコト。

 本当は知ってたのよ、お母様に時間が無い事ぐらい。

 本当はちゃんと知っていた。

 時間がなくて、一人にしか様子を見に行けないのなら。

 当たり前なんだよね。重症のカオレを見に行く事ぐらい。

 でも、

 寂しかったんだね。あたし。

 最後の最後にしか素直になれないなんて、やっぱりあたしはひねくれ者だわ。


 魔力が抜けていった。そして、あたしの身体が死んだ。

 魔法使いは、魔力をつかって命を繋げている。あたしは前、そう言ったよね。もう少し掘り下げた言い方をすると、

 生まれた瞬間に魔力の容量は決まっている。でも、自分の持っている魔力と、魔法を使う時につかう力は別物なのだ。

 普段この世界で魔法を使う分には、ユグドラシルが空気の中に発散している魔力を応用している。この場合の魔力は、『魔力という力を扱う力』を現している。かなりややこしいけれど、生まれた瞬間に持っている方の魔力は、『自分の寿命を決定する力』(ちなみに人間が魔法を使えないのは、前者の『魔力』がないから。ついでに生命維持は純粋に肉体に任せて、栄養分の不足や身体の老化具合で寿命が決まるの)。そしてこっちの魔力の最大容量というのは、年を重ねるごとに少しずつだけれど減っていく。そして、一日の生命維持すら出来ないほどに容量が減ってくると……

 ――――死ぬ。


 今、あたしは台座から出て来た光に、生命維持に廻すはずの魔力を、根こそぎ取られてしまったのだ。だから死んだ。でも、おかげでディアーネは大丈夫みたい。あたしは、自然災害の爪痕の残っているけれど…一過したような場所に、佇んでいた。

 ……うん、死んだんだよね。

 じゃ、今のあたしは?

 多分幽霊ってヤツだと思う。うう、それも怖いなあ……抜け出した意識の塊みたいなモン? うん、そっちの方がまだ不気味じゃないわ(大して変わらないけれど)。

 痛みも苦しみもなく一瞬で死んだあたし。瞬間でくたばってしまった、ちょっと情けないあたし。あーあ、もうちょい……面白みのある人生じゃ、ダメだったのかな?

 意地と憎しみばっかの情けない人生だったからさ。

 あ、違うや、違う。

 あたしにはもう一つ、素敵な想い出があるもんね。人間界から持ってきた、素敵な想い出。そう、優しい想い出。

 愛しいヒトをみつけて、愛してもらって、別れた……

 ちょっとかなり、哀しい優しい想い出。

 なんだか凄く得したような損したような、そんな奇妙で優しい想い出。

 うん、そーだよね。

 愛せてよかったかもね。


「うーん……?」

 なんでここにいるのか? 死神があたしにオマケでもしてくれているのかな? あんまりバカな意地をはってばかりだったから、何かしてくれようとでもしているのかな?

 …もちろん、そんなコトはないだろう。多分、魔力を吸われる時の魔力の移動(あたし→ユグドラシル)で空間が歪曲して、なにか不安定に時間や場所を飛び越えているんだ。

「……隆介……」

 あたしの頭の中には、

 何故か隆介がいた。

 死んでしまったのかそうでないのかという不安で何かに縋りたくて、何か絶対自分を助けてくれるモノを思い浮かべたくて。そうしたら、隆介しか浮かんでこなかった。ちょっとルワンも浮かんだけれど、隆介の方が大きかったんだ。

 あいつと初めて話をしたとき。

 あたしは、何故か正直に自分の正体をバラしていた。

 あの時あたしが感じたのは、母性に似たものだったんだ。何故だかなんでも話せてしまうような、なんでも話していいんだよ、と言ってくれているような。


 母親からの愛情に飢えていたあたしは、それがなんだか解らなかったけれど、安心してしまったんだ。だから、話してしまった。ホントのコトを、言ってしまった。

 だから隆介が好きになった。殆ど一瞬で、恋というものに落ちてしまっていたんだ。だからあたしは好きになった。好きになって、側にいて、安心出来た。その安らぎにずっと甘えていたかった。


 けれどそれは出来なかった。

 あたしには、時間がなかった。


「……隆介……」

 隆介に逢いたいな。隆介に逢って、また今までみたいにあのマンションで暮らしたい。

 叶わない、知っているけれど逢いたくてたまらないな……

「……もしも、場所を……時間をも飛び越えられるのなら……聞いて欲しい。出来る事なら、叶えて欲しいんだ」

 誰に何を伝えるわけでもない。あたしは、この亡霊じみた身体を利用しようと思っている。場所を飛び越えられるのなら。時間を、飛べるのなら。そんな、魔法ではムリな奇跡を使えるんだとしたら。

 お願いだよ…アイツに逢いたいんだ、

 最後に一度だけでいい、あいつに逢いたい————……!

「あたしをあいつの元へ飛ばして、お願い…!」


 瞬間に、下から吹き上げるような疾風が————……

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