第十七話

 あなたが側に居てくれたら、きっと怖い事など何もなかったのに…たぶん


「キャアアアアアアっ……」

「また魔力震ですか? くっ……、皇帝とは名ばかりの暴君がっ…」

「女王、各地で天候不順が起きています! 一部地域では小規模の狂魔嵐が! このままではディアーネの維持もままなりません!」

「とにかく、持ちこたえなさい!」

「皇女達は……まだ……」

「……」


 ユグドラシルには北欧神話の主神・オーディンがそこにぶら下がったという話から、絞首台という意味があるらしい。まぁ、ここのユグドラシルから来てるんだよね。そう、王の血統の血を吸ってきた……この、樹に。

 巨大な樹の根元に、小さな石の祭壇がある。

 右は赤、左は青という二つの台座の間に、石碑。

 あーあ、とうとう来ちゃったわ。未練タラタラなんだけど。


 ……我侭、一つだけ聞いて欲しい。

 時間、一日だけ戻してくれないかな? それで、仲のいい家族……やってみたいんだ。

 魔女に出来ないコトって、案外沢山あるんだよね。他人の感情は永続的に変える事なんか出来ない。時間を跳躍する事なんか出来ない。だから、魔法使いだって星に願いを掛けたくなる。叶わないって知っているけれど、願い事を言ってみたりする。

 本当の流星は、見つけた瞬間にもう大気圏で燃え尽きてるけれど。

 見えてるあの瞬間の、一瞬のキラメキ。誰かに願いを掛けてもらえるあのキラメキ。

 いつか隆介が言っていた、流れ星に願いをかけるおまじない。言っていたんだ、燃え尽きるその一瞬を見つけてくれるヒトがいるのは幸せだね、と。そして、誰にも内緒の願いを…託してもらえる事が、羨ましいと。

 流れ星にしか、願いをかけてはいけないのかな?

 もし、違うのならば。

 あたしは願いをかけたいんだ。流れてナイけど、とある『お星様』に。

 あたしに勇気を貰えたという、あの『お星様』に。

 キラキラ光ったその瞳の中に、あたしは流れ星よりキレイに光る星を、ちゃんと見つけたから。だからお願い。もしも人間に生まれ変われたら、私をもう一度…ちゃんと見つけてね。勝手だけど、拒否権なんかナシなんだから。




 これが、魔法使いの願い事だよ。叶えてね。




「ねー、石に何か書いてるよ? コレって何が書いてるのかな?」

「ん? どれ?」

 あたしは前屈姿勢で石を覗きこむ。うーん、コレは……古代文字かしら。現代のディアーネ公用文字じゃない。でも、少し……近いものがあるかな? 辛うじてあたしには読める。ふふ、伊達にインテリな暮らしをさせられていないわっ。

「えーっとね……同時翻訳は出来ないけれど……」

 ん……?

 なんか、ちょっとヘン。よく解らない。

 これによると……



 死ぬのは、一人で充分……みたいじゃ……



 生 のぞむ者 青の台座へ

 他 赤の台座へ

 皇帝 死 のぞむ者 食らい 地へ帰る

 世 再び 沈黙



 よく解らない。のぞむ?

 あたしは……死を望まない。

 死にたくナイ。当たり前。

 もしかして、これは試験なのかしら。双子の皇女。力も魔力も何もかもが同じ。王位を奪い合うことによる争いを回避するために、『皇帝』に託けてここで二人の皇女を試す。この文字はかなり古いから、ある程度の学力がある者でなければならないだろう。つまり、読めた方が助かる。二人とも読めなければ? 運のいいほうが助かる。二人とも読めたら?

 ———強い方が、生き残る。

 もう一人を、国の為に殺す……知力・体力・時の運、全部が試されるわ。

(……そうだとしたら)

 あたしの中に、暗い想像がよぎった。

 カオレはコレが読めてはいない。解るのはあたしだけ。あたしは死にたくない。出来れば隆介にまた遭いたいし、もっと沢山隆介と一緒に時間を過ごしたい。せっかく、誰かを本当に好きになったんだもの。

 そう。

 カオレを騙して、右の台座に座らせればいい。

 そうすれば、あたしは生き残れる。また、隆介に遭える。お母様を一人占めしていたカオレもいなくなってくれる。


 ここで、カオレを殺せば———あたしは全てを手に入れることが出来る……。


 それは、甘美な誘惑のようにあたしの頭にこびりついた。理性と欲望がバトルする。いつかのように、二人のあたしがバトルする。

 生きたい? それとも死にたい?

 答えなんか、決まっているよね。

 あたしはカオレにバレないように、無声で笑った。これで、生きる可能性が出来たんだもの。笑うよね、笑っちゃうよね。もう無理だと思っていたのにさ。あたしの中、二人のあたしのバトルなんて、する必要はなかった。最初から、結果は決まっていたんだもの。

 あたしは、死を望んではいない。

「カオレ、そっちの台座に坐りなさい。あたしは向こうに行くから」

「どーして? あっちは?」

「お姉ちゃんはあっち側に坐ってください、って書いてたのよ」

「あ、そーなんだ」

 あたしは台座に座る瞬間、躊躇った。

 二人が台座に坐れば、舞台のセッティングは完了する。そして、皇帝は生贄を食らっていなくなるのだ。あたしがこうしている間にも、予兆がディアーネを襲っている。

 ……立ち止まっている、ヒマはない。

「カオレ」

「なぁに?」



「さよなら」



 そう言って、あたしは台座に坐った。

 その瞬間に二つの台座から光が現れた。そしてあたしは最後の時に、カオレの声を聞いた。けれど残念なコトに、あたしの頭の中にカオレはいないのだ。いるのはたった一人。

 最後の瞬間まで、あたしの中にいたのは隆介だった。


「お姉ちゃん」

「……………」

「お姉ちゃん、どうしたの? いまの光、すごかったよね。ちょっと力が抜けちゃったけど。…ね、お姉ちゃん?」

「……………」

「どうして起きないの? ね、どーしたの?」


 カオレが呼んでいる気がする。

 『左側から』、カオレが呼びかけている。

 よかった、嘘じゃなかったみたい。案外、『兄弟姉妹を陥れてまで生き残りたいと思う王など死んでしまえ』……ってカンジで、引っ掛けだったらどうしようかと内心ヒヤヒヤだったんだよね。本当に、『左の青い台座』だったみたい。助かるのは。

 ちょっとかなり迷ったけど。

 よかった。ホントに

 よかったね。

 さようなら。

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