第十六話

 姉であるあたしには国という権力で栄光を。

 妹であるカオレには母の慈愛で幸福を。

 お母様にすれば、それは充分に公平だったハズなのだろうけれどさ。


「ユグドラシル……か。この城の地下に根付く飛行樹ですね。そして魔法使いの魔力を世界中に供給し続ける媒体……」

「その通りです」

「そこが、私達の処刑台というわけですか」

「……そうかも、しれませんね……」


 皇帝が、とうとうやってくるのだ。

 あと二十四時間で、あたしは死ぬ。

 …なんか、実感なんか沸かないもんだけれどね。

「お姉ちゃん! ママ、なんて?」

 王間の前の廊下で待っていたカオレが、無邪気そのものに笑顔を見せている。

 ……知らないのだ。死ぬまで、ううん、死んでも……その理由を知らされないのだ、このコは。可哀想だけれど、そのままでこのコは……。

 憐れ、だね。ホントに。このコは何も知らないままなのにね。

 飛行樹ユグドラシル。地球の神話にも出てくるよね、そんな木が。世界樹ユグドラシルって、さ。

 あたし達の世界を保つためには、『無』から『有』を創り出す、魔力を自ら製造し、天体の中に満たしてくれるこの樹が欠かせないのだ。

 そして、

 生贄を捧げる祭壇とも……なっているのね。

 この樹が特殊だという理由はいくつかの仮説があるのだけれど、あたしが信じているのは吸血樹説。生贄になった者達の魔力を、あの樹が吸収し、世界に放出してくれるのだ、という。

 ……その説がホントだとしたら、あたし達は今まさにあの樹の養分になりに行くのかしらね。ゲロ、それはとっても気色悪いかも。でも、残念ながら吸血樹説はすでに廃れている。ホントは、強い者の魔力を吸わせて樹の魔力を高め、最大の自己防衛として『皇帝』の力を相殺させるのだという。まぁ、どうでもいいけれどさ、今更。どうだって逃げられないのは同じコト事だし。今になって、怖くは……ないわけないけれどさ。


 あたしが死ぬ事で、この世界が救われるのならば……とか、そんな高尚な考えなんか持ってないわ。

 この世界を救うのはカオレよ。あたしじゃない。

 あたしが助けるのは、たった一人。地に足をつけて歩く、あの人。あたしに勇気という魔法をくれた、あのヒト。

 大好きだよ、愛してるよ。今日のことを言えなくてごめんね、ちゃんと白状は出来なかったよ。歌を聴けなくてごめんね、本当に残念なんだけど。

 あたしが助ける、助ける事が出来るたった一人のあなた。

 大好きなあなた。あたしが助けるのは、あなただけ。この世界が壊れる事で出来る滅びの余波が、貴方達の世界を道連れにしないように。あなたを世界と心中させないためだけに、あたしは今『死』に向かって『歩いてる』。あなたが今この時間もそうしているように、地に足をつけて、しっかりと踏みしめて、歩いて行く。

 あなたを世界となんか心中させないわ。あたしがムカつくの、好きなヒトが他人と心中するのなんて命がけで邪魔してやるわ。

 ……隆介。あたしのココロの中に、あなただけを一人、高く掲げて行こうと思うよ。


「……お母様」

「なんです?」

 見送りに来たお母様に、あたしは思いついたようなコトを問いかける。

「あなたは、お父様を愛してましたか?」

 自分の親に、しかも殆ど他人みたいな親に、こんな事を聞くのは馬鹿げている。でも、ちょっと聞いてみたかった。この女が、果たしてあたしと同じような思いをしたことがあるのだろうか、と。

 あたしと同じように、誰かに焦がれたのだろうか、と。

「ええ……。愛していましたよ、心から」

「本当に?」

「ええ」


 そっと、

 白い手が、

 あたしの頬に、

 触れた。


「あなたはあの人と同じ眼の色をしているのにね。今度こそ、一緒にあの人と生きられると思ったのにね。あなたも……私を置いていってしまうのかしらね……」


 寂しげに眼を細めた女が


「愛しているわよ、あなたを。愛してるわよ、カオレを。愛しているわよ、二人とも。私と、私の愛したあの人の、最後の絆ですもの」


 どうして?

 どうして貴女は最後の最後にそんな言葉をかけるのだろう。



 憎かったはずなのに。

 頬に添えられた手を、初めて優しいと感じた一瞬に。

 涙が出そうになった。

 憎しみで埋まっていた心に、優しさが侵食してくる。どうしようもなく難解な化学変化が起こっているみたい。触れたらあたしが壊れてしまうほどの毒が塗ってあったハズの棘。どうして? 最後なのに。どうして? もう少し早く、言って欲しかったよ。

 そしたらもっとちゃんと、『親子』をやれたはずなのに。

 嘘でも、もっと早く言って欲しかった。

 嘘と思ってるけど、ちょっとだけ自分の心を騙してみる。貴女が本当に、私を愛していたと、信じてみるよ。騙してみるよ。

 まだあの記憶は、私をドアの手前で阻んでいるから。


 螺旋になって地下に下っている通路を歩きながら、あたしとカオレは二人だけ、他愛も無い話を続けていた。カオレは、なんだか重苦しい雰囲気がイヤで、あたしと話す事でそれを振り払おうとしていたみたい。

 この子は気付いている。感覚で、気付いている。

 これから何かよくない事が起こる事に。それが、自分にとって……とても良くない事だという事に。

 未来を見る魔法なんか、ナイけれど。


 ……あたし達はこれから、消えてしまうのかな……。


 御伽噺のような恋

 君に出会ったのはチイさな奇跡

 ホラ

 僕は王子サマになれないけれど 君の為に祈れるよ

 さぁ君も祈っておくれ? 僕が王子になれるように

 なれなかったら魔女になって攫って行っちゃうよ?

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