第三話

 ぐーるぐーるぐーるぐーる……。

 頭がガンガン痛む……。

 なんだっけ、あたしってばどうしたっけ?

 ホラ、あの国を出てきたの……地球にきたんだわ……。

 そんで邪気にあてられて……。

 人間に……みつかって……。


「起きた?」

「えっ……!?」

 あたしは顔を覗きこんでる馴染みのナイ顔に、瞬間思考を失う。

「ルワンちゃん、起きたみたいだよ君のご主人様」

「マジ!? このバカ娘~っ心配したんだぞ~っ!」

 ルワンが泣きながらあたしの首に縋りつく。

 ……あれ?

 ああれれっ!?

「こ……ここドコ彼処っ!?」

 あたしはパニクって飛び起きる。

 洗いたてのシーツ、肩幅の合わない水色のパジャマ……。

「メイリカルちゃん、だっけ? 憶えてる? 君、スカートの裾踏んで転んで気絶したんだよ」

「ああああ、あなたっ……!」

 よく見ればさっき覗きこんでたのはあの時の人間っ!?

 あたしの名前、なんで知ってるのよぉ!?

「ルワン、何言いふらしたのっ!? この裏切り者ぉ、あたしを売って身の安全を確保したのね!? びっくり人間ショーに出すとか脅されて、この美少女のことを教えろとか言われたんだわ——っ!」

「名前しか聞かれてねーよ、いーだろソレぐらいならっ!」

 まだ半べそのルワンを腕に抱いて、あたしはいつでも逃げられる体勢を作る。

「怯えないでよ……傷つくなァ」

「…………」

 対するあたしは、それでも警戒心丸だし。

 …どこだろ、ここ? 見た感じではマンションの一室、かな? じゃあ、あの時あたしが落ちてきたのはビルじゃなくてマンションだったのかしら…男の部屋のクセにキレーに片付いてるわね。玄関はあっち……避難経路は素早く確認しなくちゃっ。

「あ・まだ僕の名前言ってないっけね。僕は隆介。高井隆介っていうんだ、十七歳」

「…メイリカル=レイルド……十六……」

 あたしはボソッと返す。

 隙を見て逃げ出してやろ…。

「人間……?」

 ……どーしよ?

 ルワンは見えてる。飛んでるトコも、羽も耳も見られた。……とてもじゃナイけど、人間になんて見えないよね。

 つっても魔女なんて言って信じるハズ無いしなぁ~~……。

「どしたの?」

 ぽへっとした笑顔で、再度あたしに問いかける隆介くん。

 ……を、見てると。

 危険のサインが薄れてくる。なんだか話してもいいかなって……思ってしまう。

 なんでだろう。手放しで、ライオンにおいでおいでしてるみたい。逆にこっちが警戒しちゃうのに、でもホントに、『いいんだよ』と言ってくれてるみたい。なんか、どう言ったらイイのか解らないけれど、嘘なんかつけないみたいに……見透かされてるような。

「魔法界から……来た魔女……です」

 あ……し、しまった、何を真面目に本当の事を答えてるのよあたしはっ! 信じるハズなんか無いってば……よしんば信じたとしても、あたしには超危険! もう、何やってんだろ?

 こんなトコで人間なんかにほだされちゃって、バカな事口走ってる。

 でも…なんでだろ、こんなのってよく解らないけれど……。

(お母さんみたいにあったかい……)

 …………。

(…男に母性を感じるホド、あたしは飢えてるのか……)

 しかし、あたしがそんな事を考えているとは知らない彼の反応は、

 更に———あたしを驚かせた。

「へー、魔女なんだ! 凄いね、こんなにはっきり見たのは初めてだ。ねね、耳ちょっと触らせてくれる? あっ、この羽薄いのに丈夫っ! 肌なんか真っ白☆」

「へ?」

 あたしは予想外の反応に…またもや硬直。

 珍しそうにパジャマから突き出た羽をさわったり、二本のおさげをもったりしてる隆介くんとやらを、針点になった眼で呆然と見た。

 え……ちょっとウソでしょ?

 こいつのこの反応は紛れもなく演技でもなんでもない。そう、アレなのよ、『天然』。マジで言ってる。マジで———この反応…

 コイツ、疑いもせずスンナリと信じた————っ!?

「な、何で……っ? あんた信じるのぉっ!?」

「うん?」

 くら~~っと来ているあたしを見て、隆介青年はまた笑う。

「ここの屋上ねぇ、すごく星がキレイなんだ。時々僕も見に行くけれど、流れ星とかよく見えて。そんで、随分長く光るなーと思ったら、女の子だったんだもんね。その子が目の前にいる。……ウソとは思えないよ?」

 たしかに、昨日の星はキレイだった。……そんな中で魔法の一つもかけずに悠々とのん気に飛んでたと思うと……なんだかあたしって、かーなーり、軽率…。

「流れ星に願い事かけようと思ったら、星じゃなかったんだもん。珍しく消えるまでに三回言えたと思ったんだけどなぁ……」

「なに、それ?」

 あたしはキョトンっとして、そう訊ねてしまう。

「うん? 知らないかな、流れ星を見つけたら、それが消えてしまうより早く願い事を言うと、それが叶うっていうんだ」

「へー……知らなかった……」



「そう? でも、君は知らず知らずのうちに、誰にも内緒の願いを託されたんだよ。流れ星は幸せなんだろうね。沢山の人に願いを託されて……。そう思うと、僕は君がとても羨ましい。存在しただけで人々を助けた」



 ……なんでだろう。

 なんでこの人は、そんなコトが羨ましいんだろう。

 重苦しいだけじゃない、誰かに願いを託されたって。自分には何も出来ないのに。流星だっていい迷惑なんじゃないのかしら? 重力にひかれて落ちていく最中なのに、そんなコトなんか聞かなくちゃならないなんて。

 ……って、それよりなにより問題は違う所にあるじゃないのよっ! 流星について語ってる場合じゃない! いかんわ、どうもペースに引き摺られちゃって……ううう。

 問題は、コイツ……だよね。


 『変なヤツ』、高井隆介。

 あたし達魔法使いと人間は、耳で拾える音波の領域や…眼の中で結び付けられる光の度合いの限界までが少しずつ違う。……ずれている。

 だからあたし達の声はフツウ聞こえないし、姿だって若干ぼやけるのが常識。

 なのに何故?

 ちゃんと会話もできる。着替えだってさせられてる。妙、すぎるよこんなのは。

 ……あん?

 ちょっと……待ってよもしかしてっ!?

「隆介くんっ!? あたしの着替えしたの君じゃないでしょーね!? しかもココ……一人分しか家具がない…あたしに何かしたんじゃ……っっっ!?」

 だってだって、1人分しか家具がナイって事は1人暮らしでしょ? 大体そーゆーヤツって、不良で親の脛をかじって生活しててワルイ仲間が沢山いて……

 —————女にだらしがないって決まってるぢゃんか!

「ぷっ……」

「え?」

「あはははははははははは、あはっ、あはははははははは!」

「なっ……何よっ、あたしは女の子として身の危険を感じてるだけでしょーがっ!」

「あー、ごめ、大丈夫だよ……そっちのルワンちゃんが僕に君のコト触らせなかったし、僕自身そんな事するつもりはないからさ」

「あ……そ、なの……」

「カンシャしとけよ」

 ルワンがあたしの手の中でいばりんぼのポーズをとる。

「ア・リ・ガ・トっ!」

 あたしはそれにちょっとムカついて、手に力をこめる。

「し、死ぬ死ぬ死ぬっ! ギブ~っ!」

「それはそうとさぁ」

 隆介くんはちょっと遠慮がちにあたし達に声をかける。

「お腹すいてない?」

「へ?」

 その問いかけに、あたしとルワン、そして当の隆介くん自身のお腹が答えた。


 ……きゅるるるるるるる……


 カラッポのお腹を痛くして、三人で思いっきり笑い転げてしまった。

「待ってて、何かつくるからさ……」

 まだ少し笑いの余韻に浸って、彼は台所に消えた。

 その間にあたしは、まじまじと部屋を観察してみる。

 ゴミ一つ落ちていないフローリングの床。

 シワのないソファーカバー。

 部屋と、本人のイメージにピッタリ合った家具。

(おやおや?)

 好奇心がいっぺんに騒ぎ出す。

 部屋の隅に落ちてる紙は……?

 ピラッと頼りない音をたてて、ソレはあたしの手に摘み上げられる。

 線が沢山入ってて、所々に黒や白の丸が書きこんである……。

 ホラ、たしか習ったハズじゃない……人間界独特の音を写す紙って……

「楽譜はにらめっこ出来ないよ?」

「え? あっ、それそれ! 『ガクフ』よ!」

 ふーん、でもすごいなァ。こんな風に音を紙に音を書き写すことが出来るなんてさ、すごいと思わない?

 普段何気なく出している音を、記録出来るなんて。

 レコードとかカセットテープ、CDが出来るまでは、この楽譜だけが『音』を後世に残すことの出来る唯一のものだったんだもの。


「……よっぽどお腹空いてたんだねぇ……?」

「へ?」

 隆介くんの作ったご飯にがっついてるルワンとあたしは、呆れたでそう言われる。

 あたしは食べながらも彼の観察を続ける。

 魔力を帯びたあたしの力を撥ね返す。そんな人間が居るワケない。

 魔導師? でもない……こいつの正体探り出したい……っ!

「なに? メイリカルちゃん。僕の顔に何かついてる?」

「拭い忘れの牛乳が口の端っこで輝いてるケド」

「えっうそっ!?」

 うーん……なんて素直な……。コイツってば何てゆーのかなぁ、よく言えば……超お人好し。

 悪く言っちゃうと、バカが百個ついても足りないぐらいの正直もの。

 無欲で純真、母性本能をくすぐるタイプ?

 総合評価は、

 ……変なヤツ。


「どうしたの? そんなに珍しい、ソレ?」

「えっ!? あぁ、面白い形だと思って……」

 食事の後、あたしはまたもや部屋の探索をしていて妙なモノを発見したのだ。糸の張りついた、平たい棒と板のくっついたよーなキテレツな形のモノ。赤と白の色に塗られていて、随分とピカピカしている。これもたしか、音関連のモノだったと思うんだけど。

「ね、これって何に使うの?」

「曲を作る時、とかかな? 君の世界には無かった?」

「うん……だから珍しい。どーやって使うの?」

 あたしは子供みたいな眼をして、隆介くんに問いかける。

 人間界の音は好き。

 キレイな音、激しい音、静かな音。

 全部ひっくるめて、本当にただ……純粋に好き。

「これ、つけてごらん」

「へ?」

 円の、ちょっと欠けた輪…モドキ。

 端っこの方がプックリ膨れてるけど、かぶってみるとソレが調度人間の耳の所にくる。

「耳につくの? コレ」

「そ」

 隆介くんはさっきの楽器の棒部分についてるネジ(?)をひねったり何だりしてる。

(んーと……)

 あたしは眼を閉じて指を鳴らす。

 なりたいモノを思い浮かべて指に溜めた魔力を弾くと……

「あ、人間さんになった。今のも魔法?」

 ……何かムカツキ。

 変化魔法よ? 変身するのよ?

 なんでもっと驚いてくんないのっ!?

 あたし的にはもっとリアクションを期待するのよリアクションを~~っ!


ギュィィィィィィィィィィィィィンッ!


(わわっ☆)

 耳元でなんか凄い音がなってるっ!?

 けど……あれ?

 あ、『音』じゃない! これ曲だ! ちゃんとした曲…!

 なるほどぉ、隆介少年が弾いたのがこっちに流れて、聞ける仕組みになってるんだぁ……?


 いとも簡単そうに、ソレを奏でる様子が、魔法なんかより凄い気がして。

 あたしは、眼を離すことが出来ない……否、離したくない!

 ただボヤっとしてるだけじゃないんだぁ、コイツ。

 やっぱりヘンなヤツだけど。

 だけど……。


「どう?」

「うん、すっごいね! これだけじゃちょっと淋しいけれど…合奏とかにしたらきっと凄くカッコイイ!」

「わぁ…ありがと、メイリカルちゃんっ!」

 え?


「これ、僕が創った曲なんだ!」


 ————ウッソ……

「嬉しいなぁ…誰かに聞かせたのなんて初めてだから、ちょっとドキドキしたけど、悪くないなら充分だよね♪」

 た、確かにイイ曲だけど……コイツが造ったなんて、あたしはゼ――ッタイに信じらんないわよっ!

「リィ? なに呆けてんだ?」

「だってだってさぁぁ……」

 あたしは驚きすぎて、ちょっとゲンナリとしている。

 う~ん……ショックには慣れてるつもりだったけれど、さすがにこれはちょっとキョーレツだった……。

「ね、メイリカルちゃんっ! 僕結構気になってんだけどさ、魔法の国の話してよっ!」

「—————————っ……!」

(魔界……っ!)

 あたしは生傷に触られるよーなカンジに襲われる。

 そりゃ……さ?

 人間達にいわせりゃ、楽園だの理想郷だの、そんなかもしれないけれど。

 あたしには、あたしにとっては、プレッシャーとエゴイズムに塗れた奴等しかいない、サイッテーの世界だったよ。

 何よりも、出来ない事ばっかりあたしに押し付けた、愛情を見せない憎いお母様……!!

 逃げ出したい気持ち、少しは解ってよ……。

 でも、隆介にあたしは教えたわ。

 客観的な、『外側』のディアーネを。……ココより綺麗な所なのは…ホントだから……。


 ガラスのように透き通ったパレス。

 無重力と有重力の境にいるような浮遊感、城を覆う緑の雲。

 夢の様に美しく幸せな所……ってね。

 小さな子供のように瞳を輝かせている隆介は。

 ――――とても幸せな、生き物だよね。


「ねぇねぇ、それじゃあさっ!?」

 一通り話し終わって、質問タイム。

 世界の構造としては、こっちの世界と相違点があるのか? 当たり前にある。てゆーか、まったく別な世界(この辺は図を書いて説明したわよ)。魔法の原理は? 知らないわよそんなの…まったく、ドコからネタを仕入れてるのか知りたいぐらいだと、苦笑いが浮ぶ。

 とか思いつつ始まった、通算二十一個目の質問。



「何で君は、この世界にいるの?」



 全身を、太い槍で突かれたような気分だった。

 よりによって、一番突かれたくない所を……突かれてしまった。

 ……そーよ。

 バカじゃないもん、落ちついて考えればわかってるんだから。

 この家出が、どれだけ勝手で危険な行動か……ってコトぐらい。

 感情の波に任せて、こんな危ない世界にいる。

 たとえここで、人知れず死んでしまったとしても……その死体すら誰にも気付かれる事はないかもしれなかった。……けれどディアーネはきっと諦めてはくれない。今頃は、あたしを血眼で捜してるわ。

 ……『あたし』という存在の意味は……とても重要なハズだから。

 わかってんの、ソレぐらい。


「? どしたの?」

 はっと、我に帰る。

 どうせコイツに話すギリなんてないからテキトーに誤魔化しちゃえばいいんだけど、普通を装いながらね。

「ふっふっふ……企業秘密だよん☆ でもさ、あんたってばホントに変な奴だよね」

「え? うそ、どこが?」

 キョトキョトして自分の身体を見回す(そーゆー所もだよ)。

「格好とかじゃなくて! ……まぁいいわ、しばらくご厄介になってもイイ? ソファーで寝かせてくれりゃイイからさ?」

「あー、僕があんまり使ってない部屋が一つ二つあるから、そっちにしなよ。ベッドもあるし……ちょっと古いけれどね。君、ここで何するつもり? 黒魔術とかはやめてねー」

「しませんっ!」

 人間界の仮の宿は。

 こんな成り行きまかせで、手に入った。

 どうせあたしは……人間界にも魔界にも、居場所がないのだし……ね。


 ――この時のあたしは、本当にアサハカな考えの無いコだったと思う。

 魔法と人間……考えてもいなかったわ。

 ひずみがあるなんて……ね……。

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