第四話
ごろんっと横になると軋んだ音をたてる、ちょっち雑な造りのベッド。おっと、贅沢言っちゃダメよねー、野宿に比べりゃいくらマシかわかんないわ。ブラインドを降ろしても、時々入ってくる街のネオンや車のヘッドライトが眼に煩くて眠れやしないよ。
「ルワン、起きてる?」
「んー? どしたぁリィ」
「ねーぇ、『アイツ』ってさぁ……やっぱり変な奴よね」
隆介くん曰く、『音楽室もどき』の部屋が、あたしとルワンの部屋。名前通り『楽器』…音のでるモノがいっぱいおいてある。あと、楽譜の束が山積みだね。
「人間なのに人間らしくねぇ。どっちかっつーと、オレ達に近い気がするぐれぇだ」
ディアーネの大地は今泣いている?
『生贄』が消えて、泣いている?
ドンマーイ、あたしはしばらく戻らないからさぁ……。
「んっくは――、よく寝たっ!」
うーんっと背伸びし、違う天井に気付く。……ああ、人間界に来たんだったっけ、と気付かされた。
何故か実感を感じないんだよね、『逃げてきた』ってカンジがさ。
束の間のエスケープなんてこんなものなのかもね。緊張感で眠れない……よりはずっといいけれどさ。
「……朝っぱらから考え事もいいんだけどね、ゴハン食べないの?」
「え!? あ・はいっ!」
気配なくドアにたっている隆介くんに、あたしは朝一番の驚きを感じる。
(なんなのよこいつはさぁ…くすん)
「ルワン、起きて起きて」
「あーと……もーちょいー……」
もうっ! しょうがないヤツね、コイツってば。
「おぉっ!」
テーブルの上で輝く朝ご飯っ(いや輝いちゃいないケド)!
城みたいに魔法なんか使わなくたって食べ物を食べれるってコトに、あたしはちょっと感動してる。(昨日はそれどころじゃない状態だったのねー、あたしったら)
う~ん、こっちの方が魔界なんかよりよっぽどイイ気がするなぁ……案外人間界って凄い所なのかも?
「僕はスグ高校に行かなきゃなんないから、後片付け頼めるかな?」
「あ、はいはいっ!」
あたしを起こす前に食事を済ませていたらしい隆介くんは、ヘンな服を着こんでさっさと仕度を終わらせ、
「お昼は帰って来れないからなんかテキトーに作って食べてて! 今日は夜の十一時までには帰ってくるようにするから!」
バッタン!
あーらら……。
あっという間に、ドア閉めて行っちゃったわ……。
ガチャ
「あんまし外に出ちゃダメだからね!? わかった!?」
「はい…」
(再び)バッタン!
わざわざそんな事言うために戻ってこなくてもなぁ……(汗)。
ちぇっ、ちょーっとだけこっちの世界の探検したいなー……とか考えてたのにさ。
しっかし、一日中何やってようかしら?
「あれ? リィ、アイツはどこ行ったの?」
やっと眼の覚めたルワンにあたしは答える。
「コウコウって所に行っちゃった」
(……ってーか、高校ってナニ?)
さーて、疑問が出たら悪心が唆す。
(行ってみない?)
さらに追い討ちをかける。
(ばれないように、後つけてさぁ……!)
「んふっ?」
行っちゃえ行っちゃえ、いけいけGOGO!
あたしはルワンをせかしてササッとご飯を食べ終わる。
「ね、隆介くんの後をつけよ! 社会見学よ!」
「オレはべつにいーけれど……もう体はヘーキなのか? リィ」
「ん、永久続行にシールド張ったからね。あいつってば特殊な気配してるもんねー、ソレを追って行けばお茶の子さいさい……ってさぁ!」
「居候関係を一日で壊すよーなコトはやめとけよ? お前燃えると歯止めが効かねーじゃんか」
「うるっさいなぁ、止めないでよルワン!」
何てったってあたし。
――――今、既に燃えてんの!
こーゆースパイゴッコ、結構憧れてたんだよね。年がら年中お城の中に閉じ込められっぱなしのお姫様ライフとオサラバしたんだし、お転婆したって怒られないもん!
せっかくの人間界。
……遠足気分で行っちゃえ行っちゃえっ!
リ……ン……
「あ……れ?」
隠してある羽根が鳴ったような気がした。多分気のせいのはず、だって感度は鈍くしているんだもの。予知じゃないとしてもヤダな、虫の知らせかしら。よくないことが起こりそうな……。
それでも、あたしはその知らせに従うつもりにはなれなかった。
リーン……ゴーン……
「んー? ヘンな音のする…ハコ?」
時計のついたおっきなハコの中に、同じ服着た人間が吸い込まれてる? みんな急いで走って…あれ、入れないのもいる。囲いの外でなんかやって…あ、入ってきた。
あたしは上空、箒の上で、眉を八の字にしてしまう。
「ヘンな所ー、隆介くんこんな所で何やってんのかな?」
「さぁ……? ちょっと待ってろ、オレがちょっくらデータ盗んできてやる」
ルワンが飛んでいって、あたしはお空に一人ぽっつーん……。
……退屈。
あのコがデータを盗んでくるまでの間、あたしに何しろってんのよー……。
かといって、あんまり近付くと隆介くんにバレる。
あっ! そーか、変化しちゃってあそこの人間のフリすりばいいんだ!
思い立ったが吉日…あいつらと一緒の服に……変化!
パチンっとあたしは指を弾き、空の上で箒にのった女子高生という世にも奇妙な構図が完成してしまう。
「よーっし、スパイ作戦開始だいっ!」
「……なぁ……なんなのよもぉっ!」
箱だと思ってたら建物だったの? 階段ばっかりあるし、城よりは簡素な造りしてるけど……どこも同じ風にしか見えないじゃなーいっ!
「2‐2…? ココにも人間がいっぱい居る…」
みんな同じ方向むきながら、何やってんだろ?
「おいっ! ソコの女子っ!」
…女子? どこに?
キョロキョロっと辺りを見回しても、誰も居ない。怒鳴った、セビロっていう服をきた人間のオッサンだけだ。
と・ゆー事は、
「あたし?」
「ドコの学年だ!? 授業中だぞ、教室にも行かず何をやっているんだ!?」
(な……っ!)
人間のクセに、あたしにワケのわかんないコトを……!
あたしはちょっとムッとして、説教を続ける男の額に指をあてた。
「『愚かしき者、我今汝に我が意志あたえん。愚行きわまる汝、我が意のままに』」
呪文をとなえて念をおくる。
催眠・誘導術の一種だよん。
「……申し訳ありませんでした……」
「アリガト」
『コラ、リィ! お前人間に魔法つかったな!? 人間に無闇につかうんじゃねーよ、オレ達より普段魔力に親しまない人間は、どんなヒズミがあるかわかんねーんだからっ!?』
あたしの魔法の波動が伝わったのか、ルワンの声があたしの頭にテレパシー状に響いてくる(これもケッコーうるさいんだワ)。
もぉ、うるっさいヤツだなぁ……あいつだけ魔法で送り返しちゃおうかな? あ・でもそこからアシがついたら元も子も無いし?
……とか、あたしが考えていると。
バタンッ!
「え……?」
あたしがさっき、魔法をかけた男が。
イキナリ……バタっと倒れた。
とっさに駆け付けて来る近くの大人、真っ青な顔で痙攣する男。
「あっ……!?」
「おい、そこの女子! 何があったんだ、どうしたんだ!?」
「あ……」
あたしは肩を掴まれて問われる。ケド、何にもわからず首を左右に振るだけ。
……何?
何!? 何が起きちゃったの!? あの男……すごく苦しんでるわ。真っ青なカオしてる、ガタガタ震えてる。
何、あたしの所為……なの? あたしが、魔法をかけたから!? 何で、わかんないよ。……コワイよこんなの!
なんで、あたしはただいつもみたいに魔法をつかっただけよ!?
ただ、その相手が人間だっただけよ――――!?
「リィ!」
「る……ルワンっ……」
あたしは泣きかけの眼で飛んできたルワンを見る。
「データ、全部盗み終わった! さっさとズラかるぜ!」
「で……でも……っ」
「いーから!」
ルワンの細っこい腕に引かれて、あたしはフワリと飛びあがる。
「なっ!?」
あたしの肩を掴んでた男がボーゼンとした眼であたしを見てる。あたしは、窓から出ると同時に姿を消して箒をだし、一目散に逃げ出す。
……逃げ出す……。
コワイ。
あの男、どうしちゃったの?
あたしが……あたしがああしちゃったの!?
コワイよ、こんなのコワイよぉっ!
これが、
人間界に来たあたしの……恐怖の『初体験』。
コワイ。
何がコワイって、
こんな事して逃げていくあたし自身が一番に怖いよ……。
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