第二話
「きゃ――――――――いっ☆」
風を切って急降下、あたしの耳は気圧変化でキンキンと煩く鳴っている。けれどスッゴイ楽しいの! ぐわわわーって感じで頭の中が振動して、バシバシ空気があたしにぶつかってくる。もぉスリル満点で、これじゃヤミツキに…
……ズオ……っ!
「うっ…!?」
「リィ? どした?」
「あ……っ!?」
街の灯が近付いてくると同時に『それ』は襲い掛かった。落下と同じ加速度で———
な…に、重圧感? 体が重くなる!?
———————違う! 力が入らない!
気持ち悪い、羽が重い。なんだか色んな声が頭の中に響いてくる。まるで強制的にたくさんの人達の愚痴を一気に聞かされてるみたいだ。
『上司のヤツムカツク、人の事脂ぎった目で見て』『…駄目だどうしよう、今年も大学落ちるかも』『かったるーい、なんか楽して儲けたーい』『げ、あれミチコじゃん! サイテー、親友のオトコとるなんて。地獄に落ちろバーカ』『あのコ可愛い、誘おうかな』『なんでオレにかぎってリストラ対象に入ってんだよ、この不況なご時世にっ…』
(頭痛い……気持ち悪いっ! あたしに言うなよそんな事っ!)
これが……邪気ってかぁ!?
精神も崩壊するわよ、ウルサイ煩いうるさーいっ! だめ、怖いよ、やめてよぉ! 黙ってよ、あたしにそんなコト言われたって解らない。あたしはここの生き物じゃないんだから、そんなコトを言われたって…言われたって……!
「ど……しよ、ルワン……気持ち悪いよぉ! やだ、怖い、煩い……っ!」
「なにィ!?」
「邪気に、あてられた……っ! ダメ、力が何所にも届かない!」
あたしは魔力制御が出来ずに、一つビルの上にまっ逆さまに落ちていく。ダメだ、強制的に全部の力を羽に吸い取られていく。そして、羽が感知した色んな感情を無理矢理見せつけられているみたいだ。ダメだ、ダメだよ。気持ち悪くて死んじゃいそうだ。このままじゃきっと、あたしは死んじゃう。煩すぎて、このまま落ちていって、そして——死んじゃうんだ。
ダメだよ、あたしが死んだら。
あたしが死んじゃったら————……っ!
(頭……ぐらぐら……うぇ、気持ち悪ぅ……っ!)
段々と近付いてくる建造物を霞んだ視界に写す。このスピードでぶつかったら……叩きつけられたら、きっと即死しちゃうよね。
イヤだ、そんなの。まだ何にもしてないのに大ピンチになんてなってる場合じゃない!
「シールドはれ! 結界だよ!」
ルワンの怒鳴り声にあたしはボケた頭には思い出すのも一苦労の呪文を詠唱する。
「『……理逆らいて無へ帰る……我が名に集う聖霊の調べ……集いて壁を構成せよ!』」
箒が一気に形を変えて、あたしをシャボン玉の膜のような物の中に閉じ込めていく。
「『邪なる物の侵入を阻みて我に安息を!』」
あたしが呪文を終えると、一気に頭痛と吐き気が消えた。何も、聞こえなくなった。あんなに煩かった声も、もう……聞こえない。
「あ……あれっ?」
夜の静寂だけが聞こえる……って言いたいけれど、声の代わりにネオンサインや車のクラクションが、いやに耳や眼につく。
シールド、結界魔法であたしはどうにか身体に害を成すモノをシャットアウトした。おかげで羽の感度はニブくなっちゃうけれど、背に腹は変えられないし、しょうがないよね。
でも、こんなアッサリ回避できると……拍子抜けっつーかなんつーか……? やっぱ羽が過敏すぎるのね、これは。羽の感覚鈍くすれば、力は吸われないで済むみたいだし。でもそれだとなーんか不便ね……自分のいた世界じゃないと、やっぱり変な感じ。
「あー、ぐちゃぐちゃにミンチ寸前……。助かってヨカッタよぉ…」
あたしは溜息ついてゆっくりと屋上に足をつける。
転ばないように、感度の鈍った羽でバランスをとりながら。
人間界ってヤだなー、空と地上じゃ邪気の濃度にかなりの差がでる。
(だから……甘いのよ……)
何が甘い?
答え、
この世界の創造主と呼ばれる者が———————…。
ザン=ディアーネの長老サマは。
恐るべき魔力と創造力をもった、十京歳にもなるおじーちゃん。
人間年齢に換算しても、千歳以上のトシになるこのお方こそ、
この宇宙の創造主ってヤツなのよ……。
ほんの、研究のつもり……だったらしいのよね。
もう一つ、世界があったら。
……生命ははたしてどうやって進化を果たすのか。出来次第では増加を続けるあたし達魔法使いの移民地になるハズだったとも聞いてる。
けれど長老はこの世界に干渉しすぎたのよ。子供みたいに甘やかして可愛がって、さ。
その結果が、闘争本能を忘れる事なく進化したこの世界ってコト……。
魔力で造られた魔力のない世界……って、結構妙だけれどさ。
この世界であたし達魔法使いの生きていける可能性は…メチャ低い。
だから長老はこの世界を放棄し、世界を管理するべく用意した者に任せたのが二千年前。
けれど、
世界はやっぱりそのまんまだったんだって――……。
「あ……のさリィ」
「あん?」
「アレ……人間じゃ、ないのか?」
ルワンの呆気に取られたよーな点目な目線の先。
あたしが見たのは、
呆然としている眼鏡の青年……
「こ……んにちわ」
「こんにちは」
ひきつった笑顔であたしは挨拶をする。
彼は、ぽややん……っとした頼りなさそーな笑顔をうかべて、あっけらかんっとあたしに笑顔を向けた。
十六、七? ぐらいよね? 童顔だけど。……紛れも無く……?
「人間……?」
「うん」
うそ……っ!?
「ど、どーしよルワンっ! はやくも人間に見つかったよっ! に、逃げようっ! 地球の裏側まで逃げようっ!」
あたしは大パニックを起こしてまた召喚した箒に跨る。
ああっ、あたしってどーしていつもこうバカやってんのよっ!? これじゃすぐにディアーネにだって見つかっちゃうわよぉ~~っ!
「まってよ! キミ……」
「あぁんもぉっ、あたしのコトは忘れてぇっ!」
あたしは飛び立とうと…
「スカートの裾踏んでるってば」
「え」
ゴテンっ!
あたしは、
非常に情けなくも、
パニックしながらスカートの裾を踏んで箒から落ちるという不名誉な醜態を、
人間の前で曝してしまったあげくに……気絶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます