第一話

 ぐんぐんぐんぐん、上に昇っていく。

 緑の雲も突っ切って、箒にしがみついてさ。

 今からあたし、

 夢ばっかりの世界に飛び出しちゃうの!


「うわっはーいっ! 感動だわ、満天の星なんて宇宙にいるみたぁい! ねぇ、アレが地平線!? 凄い、世界の果てみたい! でもなんか身体が重いよぉ……ねぇルワン、ここなんでしょう!? ここが、『チキュウ』っていう国なのよねぇっ!?」

「あーもー一気に喋るなっ! 大体地球は国じゃねーよっ、『地球』っていう星の中の……日本って国だ、ココは!」

「そーなの? ディアーネと一緒で天体一個が国だと思ってたのに、州に別れてんじゃなくて全部が独立してる……ってワケ? 面倒くさいのね、どうして纏めちゃわないのかしら」

「そーゆーもんなんだろ……って、どうでもイイからいい加減にこのアクロバット体勢で飛ぶのはやめてくれよぉ~~っ!」

 逆さまになってギャーギャーと喚く使い魔ちゃんの為、あたしは箒の体制を立て直して安定させる。

「情けないっ……女々しい、喚かないでっ! 高々空中三回転捻りモドキじゃない」

「うるっせぇよ……大体女々しいも何も、オレは女だっつーの!」

 常人の腕ほどしかない身長のルワンが箒にしがみついて肩で息をしながら喚き散らしているのを横目に見ながら———あたしは改めて辺りを見回し、悦に入って笑った。


 あたし、メイリカル=レイルド。愛称はリィっていって日本人……ってゆーか、地球人でも人間でもないよん。

 ちょっとちょっと、引かないでヨ……別にあたしはサイコさんでもヤク中ジャンキーくんでもナイってば!

 えーっと、簡潔に言いましょーか。

 魔女です。

 そぉそぉ、御伽噺でお馴染みの悪役にしてクソババァの可能性が非常に高い……って、悪かったわね、言っとくけどあたしはのティーンズよ。

 話を戻して、まぁ取り敢えずあたしは魔法の国の魔女なワケなのね。


 あたしは現在、『日本』というらしい国の夜空を、使い魔ちゃんと一緒に飛行中。モチ、魔女の必須用具の箒でね。

 強靭なビル風に吹かれて揺れる銀色の羽と三つ編みの髪が鬱陶しくて、あたしは右手で髪をおさえた。

 え? 『羽』? あぁ、人間は無いんだっけね、魔法の国……は、ザン=ディアーネっていう天体の『中』にあるんだけどね、そこの住人には羽があるの。カゲロウみたいな透き通ってる、細い銀の羽がね。ちょっと人間には羨ましいでしょー?

 飛ぶ事は出来ない程に退化してるけど、レーダーの役割とかして気配を察知できるし……なんとなく妙な感覚が働いてて、ある種の未来予知染みたことが出来るの。そーゆーのを『羽が鳴る』って言うんだ。ヤな感じ、とかイイ感じ、とかアバウトすぎるコトぐらいしかわかんないけれど、箒のバランスをとるには欠かせない、魔女の特徴だよ。

 うん? ……そうだね、人間と同じって思ってる人が多かったと思うよ。

 人が魔術を使って魔女になった……って、思ってた人もいるよね。

 本当は『ヒト』と『魔族』って、ハッキリ分けられてるの。まったく別の種族、ってね。ネコとトラみたいな感じで、似てるけれどちょーっと違う。勝手にこの世界にやってきて、人間の所で悪戯が過ぎた魔法使いのイメージが、たぶん……そんな誤解を生んでしまったのだろーね。

 で・も、人と違うのはソレだけじゃないのっ! 『耳』もだよ。顔の横に引っ付いてるんじゃなくて、頭の上から生えてるの。あ……コワイ想像しないでよ、カタチはこっちの世界の動物に近いし、わりとカワイイんだからね!?

「てーかよぉ、こんな目立つトコにいたらマズイんじゃねーのかぁ? リィ」

「だよね。じゃ、降りてみようかっ!」

 あたしは緑と金、二色の髪をした……ミニマムな人型使い魔のルワンと一緒にこの地球にいる。日本を上空から覗きこんでいる。

 砂金みたいな光の上にいる……。


 ……本当は、さ。

 あたし達魔法使いの国は、他の世界と干渉しちゃいけないの。

 他の生態系に比べてあたし達のはかなり進んでいるほうだから、とか…まぁ、諸々の小難しい事情により、ね。

 こうやってココにいる事は禁忌なんだ。見つかったら相当酷い罰を受ける。

 なのに、なんでココにあたしが居るか……。

 ……家出してきたんだ、あたし。

 理由は山ほどある。けれど、『二番目』に体積をしめてるのは。

 あたしのお母さんのコト……。


 あたしの母さん、シェルドリファ=レイルド。

 現在、魔法使いの国であるザン=ディアーネ国の女王サマなんかやってる、五千八百七十四才(人間年齢だと四〇歳前後かな)のバリバリキャリアウーマン風ママよ。

ちなみにウチの国は魔力がある程度あって一定以上の教養があるなら誰でも王位継承権が取れるの、ようは実力次第ってヤツなのね……合理的だわ。だから潜在的な魔力の無い者は女王の子といえど、皇女や皇子の権利は剥奪される。

 …あたしは不本意ながら魔力があるので、あの女の子供…皇女として城で暮らしていた。

 父親はいない。なんだか魔力の極端に薄弱なヒトだったらしくて、延命がきかなかったとかいう噂はきいているけれど、真実は知れないし興味は無い。

 魔法使いってゆーのは自分の魔力を使って命を継続させる種族だからさ、魔力がなければあとは死ぬだけってコト。あたしはお母様の血が濃いらしく、魔力は並大抵ではないけれど……瞳の色だけは、父譲りの朱なんだ。

 そして、女王であるお母様こそが……あたしの世界で一番憎い女なのだ。

 家出の理由を約半分占めている。ホントなら母親とは呼びたくないけれど、やっぱ長年の慣れがあってねぇ。

 ……あたしには、双子の妹がいる。カオレッシュっていうコだ。

 あたし達は双子。時を同じくして生まれた者。全てを同じくして生まれたはずの……姉妹。

 けれどさぁ、母さんの扱いがあまりにも違ったんだわね。

 あたしはいつだって…図書室で家庭教師と一対一の勉強ばっかで。

 カオレはお母様と一緒で、情緒は豊か、清く真っ白に育っててさ。

 ……カオレは好き。どんな時もあたしを裏切らなかったから。

 けれど……嫉妬はしてたよ。

 城でのコソコソ話も聞いてた、お母様は国のためにあたし達を育てるのだと。自分にとっては不要でも、国にはあたし達が必要だから。国の混沌を切り抜けるには、あたし達が必要だから。

 あたし達は要らない子供? お母様にとっては、ただの駒? 嘘も真実も判らないけれど、でも…心当たりはあるんだもの。

 瞬間、あたしの我慢が限界値にグッと近付いた。

 やがてあたしは生活も噂も全てに耐えきれなくなってさ。飼い殺されていた自分をブチ壊してしまいたくなって。

 そして今は、家出して人間界に逃走中ってコトさぁ……。


 東京。ここも、裏表が激しい場所だって聞いている。

 上から見るとホントにキレーな街だけど。下は…邪気が溢れてるって言うんだよね。

 邪気ってゆーのはねぇ、人間のダークな気持ちが……あーガス! ガスみたいになって蠢いてるやつで、あたし達の羽ってのはそーゆーのに凄く敏感に反応しちゃうの。どういう影響が出るのか……は、よくわかんないケドね、あはは、調査不足だわ……なんかヘタすると精神崩壊とかいう書物を読んだ気がする。理由が解ってないから、ガセネタと思うけれどさ。


 おっと!

 勢い半分で出て来たからなぁ、暫くホームステイかなにかさせてくれるトコも探さなくちゃね、このままじゃ野宿決定だしっ!

「よーっし、大下降——っ♪」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! このスピード狂がぁぁぁぁっ!」

 ボーイッシュな外見をしていながら情けなく叫ぶルワンの悲鳴と一緒に、あたしは夜の街に突進していった。

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