氣楽

「これを見てください、望月真希さん」


「え、どうして私の名前を……」


困惑する真希に、読めば分かる、と言って資料を読むのを促す。


紙の束の一番上の表紙には、この病院名と共に「報告書」という文字が打ち込まれていた。


「この病院は前々から良からぬ噂が流れてたんですよ。この病院を受診した者は二度と戻って来れなくなるとか神隠しに遭うとかなんとか。

煙のないところに火は立ちませんし、その真偽を確かめるため調査を依頼されて、病院について色々と探りを入れてたんです。勿論、ここに務める人物の情報も含めて。だから私はあなたが望月真希さんであることを知っています」


「ってことはつまり今回の1件って……」


「そうですね。この噂は真実だということが証明されちゃいましたね。人体パーツはかなりの高額で売買取引されますから、それで彼らは生計を立てていたんでしょう。この後ももうちょっと調べてみますが、恐らくそういう人体売買の闇の組織が芋づる式に出てくるでしょうね。

大体おかしいと思いませんでした?こんなに患者の少ない病院が難なく営業を続けているなんて」


「そう……よね」


口で理解を示したものの、実感は湧かないままだ。今まで自分がどれほど危険な組織の傍にいたか思い出すだけで鳥肌が立つ。


「まぁ、調査の過程であなたはシロだと分かってたので。助けられて良かったです。


……さて、今回の依頼代についてですが」


「え、ちょっとまって、お金とる感じ?」


「勿論です。こちらも商売なんで生活費やら人件費やらがかかってるものでしてねぇ」


「政府公認組織なら、公務員じゃないの?そもそも全く仕事をするような年齢にも見えないし……あなたは一体何者なの?」


そう尋ねると、黒髪の少女は少しだけ口角を上げて数歩後ろへ下がり、両手を広げた。自らの発言には偽りのないことを暗示しているのだろうか。依然として目には光の無いままだ。


「私は、キラといいます。気分の気に楽と書き、気の中のメの部分は米です。歳はあなたよりもほんの少し年下ですが、20は超えているので安心してください。現在3人の従業員のいる事務所を経営しています。」


小さな女の子のプロフィールは、あまりにも衝撃的なものだった。まず外見と実年齢が噛み合っていない。


「氣楽……」


「因みに、私は公務員ではありません。政府と連携をとっているだけです。政府に依頼された仕事はなんでもするし、今回の調査も政府に依頼されたものです。また、私の事務所には一般の個人が依頼に来る場合もあります」


「つまり、政府と繋がった個人経営者ってことね。探偵みたいなもの……かな?……それで、今回の代金はいくら位になるの?」


「ざっと初期費用込みの50万くらいかと」


「50万?あなた私のこと本当にちゃんと調べた?私は今年大卒の研修中看護師でろくな収入も無ければ実家からの仕送り一切無し。更には就職先のはずだった病院も壊された。たった今あなたにね。そんな私がそんな大金払えると思う?」


氣楽は、困りますね、と言いながら腕組みをして考えた後、何かを思いついたかのように顔を上げ、真希の目をじっと見つめた。


「じゃあ、こんなのどうですか。私はあなたをウチの事務所で雇います。但し、無償で。その代わり、あなたが学びたがっている看護師としての技術を私が特訓します」


「雇う?一体何するの、あなたみたいに拳銃ぶっ放ったりってこと?無理に決まってるでしょ!実技の特訓してくれるのはありがたいけど」


「いえ、いきなり拳銃を持たせたりはしませんし、なんなら実弾を持ってるのは所内で私だけですし。どうです?」


氣楽は上手く真希が食らいつくような報酬を提案し、彼女を悩ませた。


「……あの、これってすぐに出せる決断じゃないと思うからさ。もう少しゆっくり考えてもいいかな」


「いいですよ。決めたらこの紙に書いてる場所に来てください。私の事務所です」


もっと、しつこく引き止められるのではないかと覚悟をしていた分、その返答に拍子抜けした。


氣楽は、その場にあったメモ用紙にコロコロとした小学生のような丸字で住所を書き記した。


「ではまた今度ここへ。あ、院長夫妻に関しては後で政府の者に連絡しておくので安心してください。今日は朝から大変だったでしょうし、ゆっくり休んでゆっくり考えて下さい」



それだけ言い残して氣楽は颯爽と病院をあとにした。

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