ブラックホールのつくりかた
真っ暗でだだっ広い宇宙には、何もない空間がただ広がっていた。
「愚かな人間め……」
サメは威嚇するように、鋭利な歯をガチガチと鳴らす。
ロドンは【以心伝心】のスキルで話しかけた。
「殺し合う前に訊きてぇんだけどさ。手前ェは何にそんなにキレてんだ?」
「喰わないものを殺すような嘆かわしい真似をするなら、いっそ吾輩に喰われてしまえ。ただそれだけだ」
ロドンによる「翻訳」を聞いたクレスは悲しそうな目をする。
「……戦争を止めるために戦っていたから、誰よりも戦争を止めない人間と……その中心にいたスキル所持者が憎いんですね」
サメの光のない眼は、クレスとロドンをまっすぐに見つめていた。
「スキルが争いを生むというのなら、吾輩が喰らってやる。貴様もスキルを吾輩に明け渡すなら、見逃してやるぞ」
「そう言って退がるヤツじゃないことは、手前ェが一番わかってんだろ?」
クレスは毅然として言い放った。
「……それでは僭越ながら、やっつけさせていただきます。私たち人間は、食べられたくありませんので」
「構わん。吾輩はその野生の摂理のもとで生きてきた」
サメは口を大きく開いた。さらに開いた。
「死ね」
巨大な炎が放射状に膨れ、クレスとロドンを包み込もうとした
視界一面に赤色が広がって、クレスの箒操縦能力では逃げ切れないことを悟った。そのとき、眼の前を遮るものがあった。
「ロドンさん!!」
箒の後ろに乗っていたロドンはクレスの前に躍り出て、その身をクレスを護る盾としたのだ。
「ビビんな。痛くも痒くもねーよ。熱いけど」
言う通り、【不老不死】のスキルを得たロドンの身体には傷一つついていない。
「それより行くぞクレス。回避は任せた」
「了解です!……サメの火炎放射はうっかり近づいたら即死しかねないので、距離を取って戦いますね!」
クレスは箒で利き手が塞がっていたので、左手で敬礼した。
ロドンは何の変哲もない石ころをポケットから取り出す。
「【探知】──そんで【位置交換】!!」
手中の石ころは、ロドンが【探知】した小さな鉄隕石と入れ替わった。
サメは訝しげに、用心深くロドンの手にする小石を窺っている。
「【増殖】!」
クナルトの街でレモラが行ったように、小さな鉄隕石はひとつからふたつに増えた。
「まだまだ!!」
スキルを使用された隕石は倍になってはまた倍になり、と繰り返していき、途方もない数の群れに成長していく。
「小細工を弄しおって!!」
サメは再び巨大な火炎を吐いた。
クレスの箒はサメの火炎放射を躱すため縦横無尽に飛行していたが、【磁化】のスキルを付与された鉄隕石の集まりはロドンの手を離れずにいた。
「【発射】!」
小惑星の数が数倍になるたびに、その一部をサメに向かって【発射】する。
「むんっ!!」
しかし、【巨大化】したサメにとって小さなものである流星群は容易く回避される。
「避けても無駄だ。俺には【必中】スキルがある」
隕石群はありえない軌道変更をして、サメに激突した。
「まだまだ……!!」
サメの身体からは大量の口が現れ、飛んでくる隕石をすべて喰らい尽くしていく。サメは食べたぶんだけ大きくなっていった。
「マジで効かねぇな」
ロドンは汗を拭ったが、クレスは涼しい顔をしている。
「構いません。ガンガンやっちゃってください」
「オーケー。心強えーや」
「【増殖】!【増殖】!!そんで【発射】!!」
距離を取りつつ隕石群を増やしては、ぶつける。増やしては、ぶつける。ロドンの手元にある隕石の規模も、サメの身体の大きさも、サメの吐く火炎も、倍々ゲームで膨れ上がっていく。
「なんか、サメに引っ張られてないか!?」
「……万有引力の法則ですね。サメの身体があまりにも大きくなってきたので、星のように私たちを引っ張っているんです」
「ま、俺は作戦通り隕石をぶつけるだけだけどな!!」
ロドンが、本物の流星群のような様子になってきた隕石群をサメへ発射した。
「ええ。そろそろ起こるはずです」
クレスがぽつりと呟いた。何のことかをロドンが疑問に思っていると、サメの動きが鈍くなっていった。
「なんだ、これは……!!」
サメの表情は、苦悶と恐怖によってしわくちゃに歪んでいく。
「初めから、あなたに隕石を吸収させることを狙っていたんですよ」
「何が起こってんだ?」
「たくさんの隕石を吸収して自分自身の質量に耐えきれなくなったサメさんの身体は──」
クレスは、ズバリとサメを指差した。
「崩壊して、ブラックホールになります!!」
「ブラックホール!?」
ロドンは、話の内容についていけなかった。しかし事実として、目の前ではサメがもがき苦しんでおり、内側から崩壊してブラックホールになりつつある……らしかった!
「というわけで逃げましょうロドンさん。このままでは私たちも──」
クレスが言いかけたときに、背後のロドンが吹き飛んだ。
「ぐぁッ……!」
「は……!?」
何が起こったのかと、背後を振り返る。飛んできたのは、サメが最後の力を振り絞って尾びれで弾いた小さな隕石だった。
ロドンはクレスから見て左手の方向へ、空気抵抗のない真っ暗闇の中を遠ざかっていく。
「──痛み分けといこうか。人間よ」
体の内側を蝕まれつつあるサメは、苦しそうに呟いた。
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