宇宙空間への転送
──サメの足止めは王都じゅうからかき集めた兵士たちに任せ、クレスとロドン、そしてミラは王妃のいる花園に戻っていた。クレスが立案した最後の作戦を実行するための準備が進む。
クレスは、ミラの部下数名の助力によりルカが手放した宇宙服を装着していた。
「似合ってますか?」
ロドンを見上げて、クレスが訊ねる。とはいえ、クレスの顔はヘルメットによってほとんど窺えず、身体は幾層もの生地で構成された分厚い気圧服に覆われている。
「……宇宙服って、似合うとかそういうやつじゃねーと思う」
「うーん、それもそうですね」
クレスは、宇宙服の大きな頭の上から三角帽子を被った。
「……上から被るのか、それ」
「こういうのは気持ちが大事ですから」
クレスの宇宙服を仕立てていた魔術師は、宇宙服になにやら紋様を刻み終えたらしかった。
「いくつかの魔術をかけておきました。この服の機能と合わせれば、空気の供給や宇宙空間での温度変化、放射線は問題ありません」
「ありがとう。じゃあ俺も」
ロドンは、王妃へ右手を向ける。
「【スキル複製】」
【発射】【探知】【催眠】【スキル複製】【位置交換】【必中】【磁化】【増殖】に加え、1時間限定で王妃がかつて持っていた【以心伝心】そして王から与えられた【不老不死】が付与された。
「……【以心伝心】は会話せずとも情報をやり取りできるスキル、【不老不死】は死と肉体的な苦しみを失うスキルよ」
王妃の説明にロドンは、真剣な表情で頷く。
「オッケー。それじゃ早速行ってくるぜ」
ロドンが親指を立てた。
クレスがお辞儀をする。
「アウレリアさん、それでは」
最後に、ミラが無言で頭を下げる。
「ええ。ご武運を」
アウレリアは手を振って、二人を見送った。
「あ、忘れてた」
数歩行った先で、ロドンは立ち止まって振り返った。
「これ、返しとくぜ」
懐から取り出したのは、スキルの受け渡しに用いる儀式の指輪だった。
指輪を王妃へ投げようとしたロドンの腕を、横から伸びた手が掴む。
「取っておけ」
ミラが、ロドンによる指輪の返却を阻止していた。
「……は?」
「使うかもしれないだろ」
クレスは戸惑っていた。
「でも、ミラさんは儀式の受け渡しに反対していたんじゃ……」
「……考えを改めたんだ。行動するときは目的と危険性を考慮しろ、と言ったのは僕だからな」
何か言いかけたクレスとロドンを静止して、ミラは二人の背中を押す。
「時間がない。早く向かえ。使わなければそれで良いんだ」
「……わかった」
クレスとロドンは素早い動きで箒に乗り込むと、真上に上昇して中庭を抜けていく。
「絶対に王妃は死なせねぇ。1時間以内で済ませるぞ」
ロドンの声音に決意が漲る。
「もちろんです!!」
クレスは力強く叫んだ。
城の上空へやってくると、防壁の上の兵士が飛び遠具でサメと抗戦を繰り広げていた。戦況は芳しくなく、ロドンが花園に来る前矢に施した【磁化】スキルの効果でなんとか食い止められている、という状況だ。
「おいサメ!こっからはオレたちが相手だ!!」
「ああ……憎い……憎い……」
ロドンの脳内に、サメの声が流れてきた。
「おお、これが【以心伝心】のスキルか」
戸惑いつつ、ロドンは自らを【発射】して、サメとの距離を詰める。
「話は後で聞いてやる」
ロドンがサメに触れようとすると、サメの身体に巨大な口がいくつも出現した。しかしロドンは再び空中で【発射】スキルを使い飛んでいく方向を制御すると、口と口の間の隙間に触れた。
ロドンは一瞬のうちに【探知】スキルで、サメとおおよそ同じ大きさの隕石を探知可能範囲内の宇宙から探し出す。
「【位置交換】!!」
サメのいた場所に、【位置交換】されてきた巨大な隕石が出現した。今頃、サメは空の彼方、宇宙の真っ只中にいるはずだ。
「ミラ!あとは頼む!!」
ロドンはそう叫ぶと、続けて自分とクレスと箒をひとまとめにサメの近くを漂う隕石と【位置交換】した。
「了解だ!!」
西の塔に登っていたミラは、傍で待機していた魔術師たちにレーザータロットによる隕石の迎撃を命じた。
レーザーが、石を半分に、また半分にと割っていく。しかし割られるたびに小さくなっていく巨大な隕石も、このままだと街へ落ちてしまうことは必至だと思われた。
「よし。十分だ!」
ミラは上空へ手を向ける。
「【異世界転移】!!」
上空に、異世界へと繋がるゲートが大量に開いた。一つ一つは小さいものの、上空から降り注ぐ隕石の欠片から街を守るには十分な数のゲートが王都の空に展開されている。
──隕石はミラの作り出したゲートにより「向こうの世界」の上空に出現し、すぐさま空気との摩擦によって燃え尽きた。
塔の上のミラも、城内で療養していた王も、中庭の王妃も、王都の人々も、兵士たちも魔術師たちも、クレスとロドンの勝利を信じて空の彼方を見上げていた。
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