決闘の申し込み
ミラは、花園から城の中へ戻ってくる二人を見た。いつも通りかったるそうに歩くロドンの後ろから、ロドンの後ろからクレスが小さな指輪を大事そうにポケットにしまいながら走ってくるところだった。
──ところで、スキル譲渡の儀式は指輪の授受によって行われる。それはこの世界で教育を受けている人間にとっては常識と言ってよかった。だからミラは、クレスがポケットにしまった指輪を見たとき、全身が焦燥感や恐怖に似た情動で包まれた。
「何をしているッッ!!」
スキルを失えば死んでしまう母親の存在が、国王の命令で手厚い保護を受けている母親の影が脳裏にちらつく。
ミラは、ロドンの前に立ちはだかった。
「ロドン。僕と決闘しろ」
剣の持ち手には、緑色の液体の詰まった小瓶が括り付けられている。クレスには、それが回復薬だとわかった。
「お?何かわかんねぇけど、まあいいぜ」
ロドンは恐ろしいほどの順応速度で、剣を拾って構える。
「な、何やってるんですか!?」
「いーんだよ。喧嘩してぇっつってんだから乗ってやろうじゃねーか」
ロドンは剣を握って、構えた。
「これまで何回もケンカしたし大変なことあったけど、俺は一回も死んだこと無ぇからな」
そりゃそうだ、とクレスは呆れながら思った。とはいえロドンが止めて聞くようにも思えなかった。
踊るような足さばきで、ミラは上下左右様々な角度からロドンに切り込む。そのたびに、ロドンは力任せな振りでいなす。城内の十字路にはリズミカルな間隔で金属のかち合う音が響く。
「本気でやってくれ。僕は本気でやっている」
ミラの額には汗が滲む。傍で見ていたクレスには、それが怒りや焦燥によって
「いやいや、結構マジでやってるよ」
「太刀筋を研ぎ澄ませろと言ってるんじゃない。僕の意思に向き合えと言ってるんだ」
「そもそもお前、何にそんな怒ってるんだ?」
クレスの目に暗い影と、鮮やかな色が宿る。
「とぼける気か?」
ロドンはフッ、と笑った。
「あー、やっぱいいや。全部終わってから聞くことにする。そっちの方が面白そうだ」
何度か切り結んだ後。ロドンの動きの癖を捉えたミラは、細いレイピアでロドンの剣の軌道を滑らせた。そのまま、ロドンの脛をかかとで蹴り倒す。
「うおっ!!」
ミラは、バランスを崩したロドンの首筋にレイピアの切っ先を向ける。
「いやぁ、やっぱ強ぇな。サメ相手にするのとは違うぜ」
ロドンはヘラヘラした態度をもって迎える。ミラの眉間に、深いシワが寄った。
「指輪を寄越せ」
「指輪ぁ?」
「スキル譲渡の儀式に用いる指輪だ。早く出せ」
「持ってねぇよ。たぶん」
ミラは大きなため息をついた。
「とぼけるなよ。なんだったら──」
ミラは、震えるクレスを指差す。
「淑女に手荒な真似はしたくないが、彼女から直接奪い取っても良いんだぞ」
クレスが言及された途端に、ロドンの目つきが鋭くなる。鋭い三白眼がミラを睨みつけた。
「オイ待てよ。マジでさっきから何の話してんだよ」
「──ごめんなさい、お二方!」
クレスは、ロドンとミラのそれぞれに、交互に頭を下げて謝罪する。
ロドンは状況がつかめない。大の字に寝転んだまま、呆然としていた。
花園から飛んでくる、鬼気迫る声があった。
「何してるの、あなたたち!!」
花園から出てきたのはアウレリア王妃だった。病弱な身体を鞭打って走ってきた王妃は肩で息をしている。
「凄い音してたわよ。気づかないわけないでしょう!?」
さっきまでの穏やかなものとは打って変わって激しい口調で、それでいて、普通の母親が子供を叱るときの声音と言い回しだった。
「母上……!」
「って、お客様に剣なんて向けちゃ駄目でしょ!!」
「大丈夫だぜ。ちょっと試合してただけだ」
「すみません、アウレリアさん。ミラさんは悪くないんです」
そう言って、クレスは懐からスキル譲渡の儀式に用いる指輪を取り出した。
「ミラさんは、私が花園から指輪を持って出てきたから、アウレリアさんのスキルを奪って出てきたと勘違いしたみたいなんです」
「あー。なるほどな。母親を殺されたと勘違いしたってことか」
「……すまない。無礼は全霊を以て侘びるよ」
ミラは深く謝罪する。
「仕方無ェだろ。というか俺はお前よりこの王妃サマと王サマに怒ってるぞ」
王妃は、神妙な面持ちで俯いたままだった。
「ミラは兵士やら魔術師とか一丁前に指揮してっけど、この通り半人前だろ。まだ若いから間違えるし早とちりだってする」
親指で指されたミラは、恥ずかしいような情けないような気持ちでいっぱいになっている。
「よその親子のことにとやかく言うのは俺の趣味じゃねー。こっちの世界は中世?とかっぽいし寿命が短いことも知ってる。けど言わせてもらう。娘のこと放っといて自殺しようとする親なんかクソ喰らえだ」
ロドンは、アウレリアとミラを視界に捉えて、中指を立てた。
「だから絶対スキルなんて借りてやんねー。俺は捻くれてるからな」
それでこそついてきた甲斐があった。そう言わんばかりに、クレスは深く頷いた。
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