サメが異世界に来た理由

 サメは、王妃によってこの世界に召喚されたものだった。

 クレスとロドンは、唐突な展開に面食らう。


「……それは、どういう意味でしょうか」


王様あのひとと私は数年前、異世界から彼を召喚した。そして【以心伝心】のスキルを使って命じたの」


「命じた?」


「そう。彼は快く引き受けてくれたわ。私たちの──『スキル所持者を全て狩り尽くせ』という指令を」


「どうしてそんなことを?」


「スキル所持者によるスキル争奪戦が大きな戦争になって、複数の貴族を巻き込む大きな戦争になってしまったからよ。だから私は、の食物連鎖の頂点にして人類の天敵である生物を召喚して、この戦いを終わらせてもらおうとした。そして、その願いは叶ったわ」


 戦争のことは、クレスも聞いたことがあった。どこか2つの勢力が戦争を始めればそれが長引くほど、それらと繋がりがある他の勢力も黙って見ていられなくなる。ましてや、スキルという世界の法則を無視した神秘が絡む戦争は、複雑化しない理由も拡大していかない理由もなかったのだ。


「戦争を止める過程で、スキル所持者を守ろうとするだけの人たちも一緒に食べられてしまった。だから私たちは、数え切れないくらいの人たちを……直接的ではないにしろ、殺したわ。病に冒されたのは、きっと罰ね」


「そんな……」

 境遇の違いすぎる人間の抱えた壮大すぎる問題に、どんな言葉が救いになるのかわからなかった。


「でも、それで戦争は止まったんだろ?」

 クレスが補足する。

「ええ。サメが暴れまわったおかげで、戦争どころではなくなったと聞いています」


「あの人……王様もそう言ってくれたわ。だから【不老不死】の能力者を見つけ出し、交渉の果てにその能力を私に移すことで病の進行を食い止めた」


「……でも、その結果、サメの攻撃対象になってしまったということですね」


「そう。それを予見した王様あのひとはこの国に魔術式の防衛システムを構築した。……でも、私は現状が耐えられない」


ロドンは考え込むような素振りを見せた。


「いきなり言われても困るわよね。ごめんなさい」


 ロドンは首を横に振る。

「いや、俺の結論はもう出てる」


「え……?」

 王妃はきょとんとした。


「ぜってェイヤだね。たとえ頼まれごとでも、カタギの人間なんざ殺したいわけねーだろ。アホ」

 イライラをぶつけるように吐き捨てた。


「それはわかっているのだけど……何より、任務に役立ててほしいの」


「確かに、【不老不死】があれば【再生】を持つサメと対等に優位に渡り合えます。でも……」


「というか俺、【スキル複製】持ってるから【不老不死】はコピーできるぞ?」


「クナルトの領主が持っていたものでしょう?あれは時間制限付きのスキルよ。1時間しか保たないわ」


「1時間あれば十分だろ。っつーわけでこの話は……」


「……国王に、病が見つかったの」


「……へ?」


「お医者様のいうことでは、保って数年、とのことだったわ。あの人はもういい年だから、別におかしな話ではないのだけれど……」


 国王は50代に見受けられたが、どうやらロドンのいた世界より医療や公衆衛生の発達していない異世界では、寿命は短いらしかった。


「なるほど、老いていく旦那と同じタイミングで死にてぇってわけか……」

 ロドンが王妃の胸ぐらをつかむ。

「だからなんだって言うんだよ。残される王子の気持ちも考えてみろ」


 王妃の顔色は、悩みの色が濃くなった。王子ミラのことはこれまでも葛藤していたであろうことが窺われた。


「……手前ェが不治の病に罹っててよかったよ。タダの【不老不死】ならブン殴ってたところだった」

 ロドンは、乱暴に王妃を突き放す。


「ロドンさん、そんな言い方……!」


「付き合ってらんねー。控え室に帰っとくぞ」

 ロドンは踵を返して、遠ざかっていった。


「……彼の怒りももっともね」


「私の気持ちを話してもいいですか」

 ええ、と王妃は快諾した。


「ロドンさんは強いです。でもサメを倒すのは、危険も多い作戦です。ロドンさんがやられてしまっては、もうあのサメに勝つ方法はなくなってしまうでしょう」


 王妃は深く頷いた。


「スキル譲渡の儀式を、指輪を渡す直前まで行ってくれませんか。どうしても……どうしても、アウレリアさんのスキルを使わなければいけない、というときに備えさせてください」


 吐きそうだ。アウレリアが願っているのを良いことに、差し出がましくておこがましくて図々しい願いをためらわず口にしている。クレスは、自らが垂れ流す卑怯さに嫌気がさす。


「明日、またここに来てくれるかしら」


 クレスは頷く。

「……恩に着ます」


「構わないわ、というよりお礼を言わなくちゃいけないのは私の方よ。だって、私が言い出したことなんだから」


 クレスはなんと応えていいのかわからなかった。

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