通商破壊作戦

「塔を降りる!箒を出してくれ!!」

 ミラに命令された魔術士が呪文を呟く。すると、小脇に抱えていた箒がひとりでに宙に浮く。魔術士が先頭に座り、ミラとロドンもその後ろに続いた。


 箒は離れの塔から、城ののを降りていった。


 そのときだった。地面が裂け、火柱が吹き出した。それは1本2本といったものではなく、あちこちから炎が上がる。

花園の形状は、石造りの城の真ん中に小さく佇む中庭と表現されるべきものだった。つまり、そこは炎で包み込まれれば中のものを蒸し焼きにするのに適した形状をしている。


 熱風に煽られ、箒が僅かに押し戻された。目が熱気に慣れようとしている間にも、火は忽燃え広がる。

 箒の魔術士は立ち上る煙で視界は覆われ、降りていくことができずにいた。

「近づけません!先に消火をします!」

 懐から杖を取り出し、魔術士は【水魔法】で鎮火を始めた。


「どれくらいかかる!」

 ミラは焦りと苛立ちを必死に抑え込みながら、魔術士の男に訊ねた。


「応援を呼べば20……いえ、10分で終わるはずです」


「そうか。わかった────」

 ふと、ミラは下に視線を戻した。そして目を疑った。ロドンが箒から飛び降りていたのだ。


「待ってらんねぇよ」


 ロドンはクレスの能力を信用していなかったわけではなかった。しかしこの瞬間にも、クレスたちの命は危機にさらされている。そう思ったときにはすでに体が動いていた。 


 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、炎の中へその身をなげうつ。

「クレス!!」

 ロドンは木製の屋根を双剣で吹き飛ばしながら落ちていく。


 赤い炎と灰色の煙、焦げ臭い匂い。身を炙り、目を焦がす熱──それらをくぐり抜けて、下へ下へと落ちていった。


「ロドンさん!」

 思った通り、炎の中に小さな安全圏があった。クレスが手を振り、アウレリアがお辞儀をする。

「【水魔法】の瓶をめいっぱい投げたので、私とアウレリアさんは無事でした」


「ねえ、こんなこと聞くのは野暮かもしれないけど……」

 アウレリアがためらいがちに手を挙げる。

「この子が水魔法を使ってなかったら焼けちゃってたんじゃないの?」


 ロドンは、回収する二人と自らの身体をロープで固定する。

「まあ、そうなったらそれまでだろ」


 ロドンは二人を抱えた。当たりの火は勢いを取り戻しつつある。

「んじゃ、ジャンプすっから口は閉じてろよ」

 クレストアウレリア王妃は真剣な表情で頷いた。


「【発射】!!」

 ロドンは壁から壁への【発射】移動を繰り返し、火の届かない上階へとたどり着く。そこでは、数人の魔術師たちが杖の先から水を降らせて消火作業を行っていた。


「終わったぞ」

 ロドンは窓から城の二階に入ると、両脇から救出した二人を丁寧に降ろす。


 ミラの反応は冷ややかだった。

「……勝手な行動は慎んでくれ。君がもしサメの炎でやられていたなら、君のスキルはサメに奪われていたところだったんだぞ」


「何でだよ。王妃はお前の母ちゃんじゃねーのかよ」


「母上はその程度で死なない。魔術的な儀式により手厚く保護されているからだ」


 ロドンの眉がピクリと動いた。

「……ってこたぁ、アレか?クレスは見殺しにしろってことか?」


「行動するときは、目的と危険性を考慮しろと言っているんだ」


 険悪になっていくムードを断ち切るように、消火にあたっていた魔術師のひとりがロドンとミラに割って入る。

「王子。今は言い争っている場合ではありません」

 諭されて、ミラは周囲を窺い始めた。

「……そういえば、サメはどこにいる?」


「あそこだ!!」

 ロドンが指さした先、遠くからやってきていた商隊の列には、地上を滑るように近づいていく黒い三角形──サメの背びれが近づきつつあった。地中を泳ぐサメはゆっくりと、音も立てずに商隊へ狙いを定めている。


気づいたときには遅かった。サメが花園に火を着けたのは、ロドンたちをおびき寄せるためだったのだ。


 ミラは数名の兵士に王妃の護衛を頼むと、魔術師たちと共に、急いで救出に向かう。ロドンも、クレスの箒の後ろに乗って後を追った。


「逃げろ!!」

 商隊の列まであと数キロに迫ったところで、上空の箒上からミラが叫ぶ。とはいえ、戦闘の素人であり長旅を終えて帰ってきたところの通商隊には、サメから逃げる力はなかった。


「しかし王子。魔法石が取られれば我々は大いに不利になってしまいます」

 魔術師の男の弁に、ミラが声を荒げる。

「人命より価値の高い石ころがあるか!!」


 クレスは箒を持つ手を絞る。

「商隊のみなさんが逃げるのに専念するってことは、魔法石を奪うのは私たちの仕事ですね」

 空飛ぶ箒がスピードを上げていく。

「ロドンさん!突っ込むので、いつでもお好きなタイミングで飛び出してくださいね!!もちろん回収は任せてください!!」


 あまりの豪胆さに、ロドンは大声で笑った。

「クレス!お前、俺の性格わかってきたじゃねーか!!」


 2人乗りの箒は、一切の物怖じを見せずにサメに突進する。


「【発射】!!!!」

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