西の塔

 聞き間違いでないのなら──王妃はいま、クレスに「自分を殺してくれ」と頼んだ。


 クレスはぎょっとして、歩みを止める。

「殺す、って……王妃さま、じゃなかった、アウレリアさんを……!?」


 王妃は頷いた。

「ごめんなさい。いきなり言われるとびっくりしちゃうわよね」

 王妃はクレスの方向へ向き直って、改まる。

「あの人……王様はロドンくんを庭園ここに入れなかったでしょう?あれは私がスキルを持って、というより貰っているからなの」


 スキル所持者は、他のスキル所持者を倒すことによってそのスキルを奪うことができる。王妃をどこの馬の骨ともわからないスキル所持者に会わせれば、その客が変な気を起こさないとも限らない、ということだろう。ましてや、スキル所持者は戦闘に長けた者が多く少人数の衛兵でどうにかなる保証はない。


「なるほど。奥様を想っての命令だった、というわけですね」


 王妃は悲しそうな、それでいてホッとしたような顔で頷いた。

「そう言ってもらえてありがたいわ」


「……あの、ひとつ質問いいですか?」


「もちろん良いわ。どうぞ」


「えっと、スキルを持っていることが危険なら、譲渡の儀式を行えばいいのではないか、と思ったのですが……」

 譲渡の儀式なら、指輪を授受するだけでスキルを移すことができる。また、倒して奪うのとは違って痛みも伴わず、相手がスキル所持者でなくとも成立する。


「ええ。それも提案したわ。だけど王様が許してくれなくって」


 そんなことがあるのだろうか、とクレスは不思議に思った。クナルトの街でルカが言ったように、奪い合いに巻き込まれるくらいならスキルを持ちたくない、あるいは大切な人には持たせたくないと考えるのが普通だろうと考えられた。

「──なんというか、特別なスキルなんでしょうか?」


 王妃はすこし考えて、首肯した。

「【不老不死】。名前通り、死ぬことも老いることもなくなるスキルよ。たとえ不治の病にかかった身であったとしても、ね」


 ◆


 西の塔の上には、強い風が吹いていた。ロドンは、ルカの部下にあたる数人の兵士と魔術士数人と警戒している。


「通商隊は、いつ到着する?」

 ミラは、傍らの兵士に呼びかけた。


「あと、およそ30分ほどで東門から街に入る予定です」


 頷いて、ミラは今度はロドンに声をかける。

「【探知】の方は順調か?」


 ロドンは塔の西側を注視しながら、頷いた。

「サメは西の方から近づいてきてる。王都を襲うつもりなのか、普通に通り抜けていくのかはわからねぇ。でも西の塔で迎撃する作戦は変更なしってとこだな」


「了解した。ご苦労」


 通商隊の運んでくる魔法石を搬入しレーザータロットに魔力を充填している間、防衛システムが無防備になってしまうとのことだった。そこで、その間隙をロドンとミラが埋める作戦らしい。


「ちなみに、距離はどのくらいだ?」


「うーん、20キロ……いや、通じねぇか」

 しかしロドンの予想に反してミラは、ロドンのいた世界の単位系を知っているらしかった。

「20キロ?ならヤツの気配や前兆くらいあってもおかしくないはずだが」

 ミラは兵士から遠眼鏡を受け取って、覗きながら東へ向ける。ピントと明るさを調節するつまみを弄りながら、しばらく遠くを覗っていた。

「……うーん、姿が見えないな。あの巨体を見逃すなんてこと、あるだろうか」


「本当か?でも【探知】は外れたこと、たぶん無いぞ?」


「大きくなることができるなら、小さくなることもできる……なんて可能性はないか?」


 すると、ミラの隣にいた魔術士らしき黒いローブの男が代わりに応えた。

「先程、スキル鑑定のための卜占を行いましたが……ヤツのスキルは【巨大化】でしたよ。とはいえ、王都から離れていた期間で新しいスキルを手にしている可能性も考えられますが」


「可能性はありそうだな。アイツは遭う度に変なことやってくるし」

 ロドンが再び【探知】を行った。脳内に浮かぶ地図によると、サメは西の塔の正面──つまり自分たちのいる場所のかなり近くまで接近していた。しかし、あたりを見回してもサメの姿は見えない。


「おかしいな。見えねぇはず無ぇんだけど──」


 すぐに、その理由は知られることとなった。ロドンたちの足下が、激しく揺れ始めたのだ


ロドンとミラは、地面のずっと奥底で、なにか大きなエネルギーを内包した存在が自分たちの立っているところを揺らしているように感じた。


 そこで、ロドンには思い当たったことがあった。【感知】スキルは、地図が脳内に浮かぶ形で対象の位置を知らせる。つまり、対象の高さまでは【感知】できないのだ。


「やべぇ!急がねぇと!」

 サメは、地下にいる。塔の下──そして、王女とクレスのいる花園の、すぐ下に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る