花園の王妃

「へぇ?ほんの2人ぐらい客が来ただけなのに、王子サマが直々に来るんだな」


「ロドンさんを……複数のスキルを持つ人間を警戒しているんでしょう」

クレスはそっとロドンに耳打ちした。


「男の方はスキル所持者ですが、そちらも通して構いませんか?」

 門番が確認すると、ミラが頷いた。

「ああ。母上がそう言っている」


 どうやら王子の母親、つまり王妃の権力はかなり強いらしい。門番も”母上”との言葉が登場するとあっさり引き下がった。


「国王との面会が許された。着いてきてくれ」

 ミラに言われるがままに、クレスとロドンは馬車に載せられる。しばらく揺られていると、城にはあっという間に到着した。


 ──ミラの案内のもと、城の曲がりくねった廊下を抜ける。内装は簡素で、権力者の住居というよりは防衛用の設備としての役割が重視されているように見受けられた。


 途中で一人の兵士と合流すると、兵士はクレスを手招いた。

「そっちの魔術師は『花園』へ行ってもらう。こっちだ」


「オイちょっと待てよ。別行動させんのか?」

 まだ王都の人間がサメ退治に、さらに言えばロドンに協力的であるという確証はまだなかった。しかしミラは食って掛かるロドンを静止する。


「母上……つまり、この国の王妃が個人的に彼女に会いたいと言ったんだ。手荒な真似はされないだろう。母上はお優しい方だ」


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、ロドンさん」


「……そうか。じゃあいい」

 この世界の出身者であるクレスが言うなら、ある程度信用できるのだろう。そうロドンは納得した。


「それじゃロドンさん。また後で」

 クレスは笑顔で、ひらひらと手を振った。


 ◆


「よく来てくれた」

 玉座の王の第一声は、以外にも好意的なものだった。

「君たちの活躍は聞いている。順調に、それも大きなトラブル無くスキルを集めているそうじゃないか」


「クナルトの領主はぶっ倒したけど、あれはいいのか?」


 ミラが横から応える。

「クナルトの領主がスキル狩りをしていたことを見抜けなかったのは我々の落ち度だ。むしろ君には感謝している」


 王は深く頷いた。

「そういうことだ。これからもよろしく頼む」


 ロドンは今ひとつ面白くなさそうに、後頭部をボリボリ掻いた。

「でもあの防衛装置があるんだろ?俺のやること無くないか?」


 王は、残念そうに首を横に振った。

「……いや、あの防衛装置の魔力がいつまでも持つとは限らん。もうじき魔法石の採掘隊が帰ってくるはずではあるが、念には念を押しておくべきだ」


「西の塔へ向かえ!サメよりこの王都を防衛するのだ!!」

 王の命令を受けて、ルカは踵を返して走り出した。ロドンも負けじと着いて行く。

 走って西の塔へ向かう道すがら、ロドンはミラに訊ねた。

「なんで西の塔なんだ?」


 ミラは進行方向を見据えたまま返事をする。

「王妃──つまり、この国で一番偉い人間がいる『花園』を守るのに適しているからだ」


 なるほどな、とロドンは頷いた。


「お前の腕を見せてくれ。サメ狩りに遣わされるんだから、それなりに腕は立つんだろう?」


「当たり前ェだ」

 ロドンは、ニヤリと笑って金色の前髪をかき上げた。


 ◆


 クレスが通されたのは、植物園と呼んでもいいほど緑が生い茂る広い庭園だった。蔓と葉が石壁の一面を覆い、白い花ばかり咲き乱れている。


 入り口の下では、一人の女性が待っていた。身につけたドレスは質素なものだったが、気品ある佇まいから、クレスは彼女が王妃であると判断した。


「クレスちゃんね。いらっしゃい。王妃のアウレリアです」

 そう言って、王妃は頭を下げた。


 第一印象で、違和感を覚えた。白髪が交じる年齢の国王が連れ添っている王妃なのだから、クレスは初老の女性を想像していた。

 しかし、眼前に佇む王妃は──その整った容姿を鑑みても──あまりに外見の年齢が若すぎる。十代半ばのクレスと並んで、ちょっと年の離れた姉と称しても不審には思われないだろう。


 とはいえ、王妃の外見は本題ではない。石畳の上をゆっくりと歩を進めながら、クレスは別の疑問を口にしようとした。

「それで、王妃さまは──」


「ああ、ごめんなさい。アウレリア、って呼んでくださらないかしら」

 気を遣われるのは好きじゃないの、と王妃悲しそうな声で付け加えた。


「……は、はい!」

 クレスはこくこくと頷いて仕切り直す。

「えーと、アウレリアさんはどうして私をここに招き入れてくれたんでしょう?」


「貴女に頼みがあるの。聞いてくれる?」


 高貴な人間が部外者にいきなり頼みごとをしたのを、クレスは意外に思った。とはいえ、クレスは基本的に他人の頼み事を断らない性格だ。

「頼み事、ですか?はい。私とロドンさんにできることなら何でも仰ってください」


 王妃は少しだけ、口を開くのをためらった。そしてか弱い微笑みを見せた。

「──私を、殺してほしいの」

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