防衛機構

クレスはロドンを後ろに乗せて、大急ぎで空飛ぶ箒を走らせる。王都への道のりには、野生動物の姿もなければ空気の流れまで凪いでいた。


 このままだと王都にサメが襲来する。もしかしたらもうすでにサメと兵士との戦いが始まっているかもしれない。

 しかし、そういった危機感とは別に、クレスの胸中を占める感情があった。

 サメが真っ直ぐに王都に向かっていたのには、なにか理由があるのではないか。確信めいた直感が、こびりついて離れない。


 とにもかくにも、王都へ向かえば全てがわかる。そう考えて、クレスとロドンは王都にやってきた。クナルトの街と同様に壁に囲まれているが、取り繕ったような白色ではない。頑丈に見える地味な灰色の石材を用いたものだった。


 巨大な門の前に駆け寄り、門番へ話しかける。

「開けてくれ。ダエーの街からサメ退治に来た。スキル所持者ってやつだ」


「任命書もあります!こちらに!」

 クレスはダエーの街の領主から渡された任命書を取り出し、末尾のサインを指差す。


 門番は首を横に振った。

「悪いが、通商隊以外を通す訳にはいかない。決まりだ」


 ロドンは親指で空を指差す。

「あのサメが見えねェわけじゃねぇだろ!?街がめちゃくちゃになるぞ!!」


「心配ない」

 あまりにもそっけなく、取り付く島もない。


「あのサメは巨大化して、怪我をしても再生して、炎まで吐くんですよ!」

 憤慨するクレスは箒を握って、ぴょんぴょん跳ねながら主張した。


「そうか」

 兵士は納得したように軽く頷いた。

「なら、なおさら心配ないな」


 その言葉の意味は、すぐにクレスとロドンの知るところとなった。

低い音を轟かせながら、石造りの塔に似つかわしくない近代的なレーザータレットがせり出す。


「……マジかよ」ファンタジー的異世界における場違いな人工物オーパーツを前に、ロドンは絶句するほかない。


 砲塔が回転し、数十機のレーザーガンはことごとく上空のサメへ銃口を向けた。一斉に、甲高い悲鳴のような音を上げて白いレーザーが放たれる。

クレスは目をぎゅっとつぶって、手のひらで両耳を押さえた。


 四方八方から突き刺さる光線によって、サメの体は焼き滅ぼされ塵と化していく。その身は弾け飛び、穴が空き、蒸発していった。

しかし、落ちていく黒焦げのカスのうちのひとつがボコボコと沸き立ち始めた。みるみるうちにサメの骨と筋と肉は再生し、サメの姿が形作られる。


「ほら見ろ、復活するんだよ!」

ロドンが指さして叫ぶ。


 とはいえ、それも僅かな間のことだった。すぐさま、膨らんだサメ肉に光の線が集中砲火される。

──しばらく、光と音が続いた。レーザー兵器も稼働限界はあるらしく、わずかなあいだ、光線が止む。サメは命からがらレーザーの射程から逃れると、一目散に明後日の方向へ空を泳いでいった。


「……マジか。どうにかなっちまった」

 ロドンはぽかんと口を開けたまま、サメの消えていった方角を見つめる。


「そこの女はサメについて『痛覚がない』あるいは『そもそも攻撃が届かない』とは言わなかった。ならばいくら大きかろうが怖くないさ」


「うーん……その通りかも、しれませんね……」

 クレスは萎縮して、うなだれてしまった。ここまで完膚なきまでにサメがやっつけられてしまったのを見ると、これまでやってきたサメ討伐のための活動も否定されてしまった気分だ。


「ほら、さっさとサメを追いかけにでも行け。王都には関係ないことだ」


 ロドンは、居丈高な言い方が癪に障った。

「いや、王都なんだから他の都市も面倒見てやれよ」


「自治権を与えているのだから、そこの領主が解決することだ。わかったらさっさとどこかに行け」

 門番は犬でも追い立てるような手付きで、ロドンとクレスを厄介払いする。


 そこへ、歩いてくる音がした。擦れる鎧の音からして重装備の騎士らしい。また、足音も荒々しさからは遠いものだった。

「命令だ。通せ」


 声の主に気づいた門番はかしこまって、鎧の少女に恭しい敬礼の姿勢をとった。

「はっ!」

 門番は脇に退いて、道を開ける。


「話がわかるやつがいて助かるぜ。お前、なんか偉いやつなのか?」

 ロドンが口にしたとき、場の空気が少し緊張した。


 あっけらかんとした態度が可笑しいようで、少女はこっそり吹き出した。兜からは短く切り揃えられた青い前髪が覗く。

 ロドンがそばを見ると、クレスがなんだかそわそわしている。ロドンは何か、自分が場違いな質問をしてしまったことに気づいた。


鎧の少女は改まって自己紹介をした。

「僕はミラ。この国の王子だ。よろしく」

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