王都へ
領主は煙の中から解放された。とはいえ、まだ燻された影響が残っているようで、四つん這いの領主は咳き込んで涙を流している。ゴーレムは燃やされた影響か、ピクリとも動かなくなっていた。
「じゃあ、私たちは街に帰りますね」
クレスはロープと解体した弩を大きなカバンに詰め込んだ。
「ばいばーい、おじさん」
レモラはいつの間にか領主さま、とすら呼ばなくなっている。
「お、おい!!俺も連れて行け!!」
領主はみっともなくロドンの脚に縋り付く。
「スキルもゴーレムも失った俺にどうやって街の外で生き延びろと言うんだ!?子供の前でそんな非道な行為をして良いのか!?」
ロドンは呆れたように、領主を蹴り飛ばした。
「子供の前が、とかやられる側が言うんじゃねぇ。あとお前もイディアのこと撃っただろーが」
「それに関しては大丈夫ですよ」
クレスはクナルトの街の方角を指差す。
「さっき、街の方へ向かって信号弾を撃ったので。すぐに兵士の──ゴーレムを従えた貴方に散々こき使われた、兵士の方々が来てくれるはずです」
クレスは、慈愛に満ちたように見えなくもない微笑みを見せた。
「報いは受けてくださいね。領主さん」
領主の顔から血の気が引いていく。
おっかねぇやつだ、とロドンは引きつった笑みを浮かべた。
◆
──火の広がった草原への【水魔法】による鎮火作業は長時間を要した。そのため、ロドンたちが街に帰る頃には日が昇り始めていた。
「ねむい……」
城壁を通った頃には、レモラは歩きながら眠ってしまいそうなほどだった。幼いレモラを夜通し付き合わせたことに、クレスは申し訳無さそうに頷く。
「もうすぐですから、ちょっとだけ頑張ってください」
路地を抜けて浮浪者たちの集落に入った。そしてレモラの隠れ家の前にたどり着くと、イディアが立っていた。
「イディア!!」
レモラがイディアのもとへ駆け寄っていく。
「お前ェ、もう傷はいいのか?」
ロドンが訊ねると、イディアは微笑みながら頷いた。
「今は痛み止めが効いてるからね。それに何より、スキル狩りを怖れる必要が無くなったんだ。じっとしてられないさ」
「レモラ、お兄ちゃんのスキルを」
「おお、偉かったね」
イディアはレモラの頭を優しく撫でた。
「君たちもありがとう。『捕縛完了』の信号弾を見た兵士の歓声が地下室まで聞こえたよ」
そこで、イディアは寄りかかるレモラが眠ってしまっていることに気づいた。
「そうか。夜通し戦っていたからね……君たちも休むといい」
クレスは、レモラの寝顔を見た瞬間からどっと睡魔に襲われた。
「お言葉に……甘えさせていただきます……」
──ロドンとクレスとレモラは泥のように眠って、昼過ぎに目覚めると、疲れの癒えた体で、王宮の医務室へ見舞いに行った。
「いやー、悪いね。私はせいぜい、ちょっと殴られたくらいなのに」
医務室のベットに座るルカには、丁重に手当がされた跡があった。
「お元気そうで何よりです!」
「【位置交換】のスキル、返すぜ」
ロドンが指輪を外そうとするが、ルカは両手を前に出して首を横にふる。
「あー、アンタがもっといていいよ」
「いいのか?」
傍らのレモラも追従する。
「レモラも、お兄ちゃんに【増殖】のスキルあげるよ!」
「せっかく手に入れたスキルなんだぞ?持っときゃいいじゃねーか」
レモラが悲しそうな面持ちで俯く。
「でも、また領主のおじさんみたいな人があらわれたら、イディアが戦いにまきこまれちゃう……」
「なるほど……」
「そうなんだよねー。スキルの奪い合いなんて勘弁!って感じかな」
「あー……確かに、そうだな。そこまで考えてなかった」
「じゃあさ!」
レモラが天を指差す。
「お兄ちゃんたちがあのおっきな魚をやっつけて、クナルトにもどってきたときに返してよ!」
「……ああ。そうだな!さっさとケリつけて戻ってくるぜ!」
「なおのこと負けられませんね。まあ、ロドンさんが──いえ、『私たちが』負けることなんてありえませんが!」
「ああ。だから早速王都に──」
突然、ロドンの表情が青ざめた。
「やべっ!!」
「どうしたんですか、ロドンさん!?」
ロドンの脳内には、【探知】能力によって生成された大雑把な地図が浮かぶ。
「サメの野郎、もう王都に着いてやがる!!」
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