激突!

 人里から離れるにつれ、手入れのされていない荒野が広がってきた。岩石や伸び切った草で構成された景色が眼下に広がっており、進行方向のずっと先にいるであろう領主の逃避行にも支障が出ていることが予想された。


ロドンは、空飛ぶ帚を運転するクレスに告げる。

「よし、この辺で降ろしてくれ」


「わかりました」

 箒は徐々に減速した後、ふわりと停止した。


「──でも、【発射】スキルで狙うにしても射程距離がギリギリのような気がしますけど……?」


 ロドンは降りた後に、領主がいると【探知】された方角を見据える。

「ギリギリじゃねーとダメだ。領主が俺の【探知】を使えない理由が、『コピーしてから時間が経ったから』なのか『持ち主との距離が離れたから』なのかがわからねぇからな」


「でも、もうくらくなってきたし、とおくて見えないんじゃない?」

 レモラは岩の陰から、ロドンの視線の先を窺う。


「どっちにしろ、一発で決めないと不利になるんだ」

 領主は能力をコピーできる。「能力者との距離が離れるとコピーした能力が使えなくなる」という仮定が正しい場合、矢を外せばロドンが近くにいることが感づかれてしまい、【位置交換】を再度使われてしまうかもしれない。そうでなくても、見つかって再度能力をコピーされればロドンたちの不利が確定する。


 クレスは鞄から、木と金具で出来た土台のようなものの上に曲がった金属や木材、太いワイヤーのようなものを取り出し、手早く組み上げる。

いしゆみの組み立て、完了しました。あとは矢をつがえて打つだけです」


「わ、でっかいねー」

 レモラは巨大な兵器を遠巻きに眺めている。


「はい。大きいので遠くの領主にもきっと当たります。一撃で戦闘不能にした後は、速やかに接近して拘束しましょう」


「おお。仕事が早くて助かるぜ」

 ロドンは弩を持ち上げ、腰ほどの高さの岩の上に置いた。左手で台座を支え右手でハンドルを力いっぱい回すと、弦がたわんで矢に圧力がかかっていく。


「こちらを」

 クレスが、ロドンの目の前に遠眼鏡を差し出した。

「領主は見えますか?」


 ロドンは目を凝らす。背の高い草によって見えにくいが、遠くに馬に乗った人影と、大きな人形の影が見える。一方は馬に騎乗した領主で、もう一方は城で見たゴーレムだと推測される。

「ああ。見えるぜ」


 ロドンは領主の頭の少し上へ照準を合わせる。息を止めると、空気の流れる音と心臓の音がより鮮明に脳内を支配した。

 人差し指の先の冷たさだけを頼りにトリガーをゆっくりと引き絞っていくと、弦の音が大きくなる。

「当たれ──」

 引き金が引かれると、鋭い音は短く響いた。一筋の矢は高速で消失点へ向けて遠く、小さくなっていく。


「……?」

 領主が振り返ったときには、鏃の先は領主の胸元へ突き刺さろうとしていた。

当たる、とロドンたちが確信した次の瞬間、矢は右方向へ大きく逸れる。


「──は?」

 ロドンは眉をひそめる。


矢は領主ではなく、その傍らで仕えるゴーレムの右肩へ直撃する。そしてその体に傷一つつけることも叶わないまま落下した。


「外れるにしたって、あんな土壇場で横に逸れるもんか?」

 舌打ちするロドンの裾を、クレスが引っ張る。


「一旦、ここを離れましょう。考えるのは後です」


「……そうだな」

 右を向いて、3人は姿勢を低くした状態で駆け出した。


「クレスはゴーレムを領主から引き剥がすのを手伝ってくれ」


「了解です。じゃあ、サメに対して行う予定だった、ロープで引っ張る作戦で良いですか?」


 ああ、とロドンは頷く。

「そんで、レモラはここを出る前に言ったように動いてくれ」


「うん。わかった」

 レモラは飲み下すように頷いた。


「前も言ったけど、ぜってぇ死ぬなよ」


「だいじょーぶ、まかせて!」

 レモラは小さな親指を立てながら、ロドンと別れて領主から離れる方角へ駆け出した。


 ロドンは身を屈めつつ、茂みから茂みへ移る。腰の剣を握りながら、領主の死角へ回り込むべく漸近していく。


 姿を見られる前にケリをつける。

 ロドンは決意した。そして、領主の背後を取れる位置の草陰から飛びかかった。


「【スキル複製】!!」

 領主は宣言したが、わずかに眉をひそめた。

「【探知】スキルが奪えなくて混乱してる、って顔だな」


 ロドンはゴーレムを殴った。ゴーレムはロドンの【発射】スキルによってふっ飛ばされる。


「俺の【探知】能力はいま仲間に預けてる」

 ロドンは血の滲んだ拳を鳴らす。

「逃げるなんてコスい真似しねぇで、正々堂々殺りあおうぜ」

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