奇襲
市場の細長い路地を右へ左へ抜けて、ロドンは浮浪者のテントが集まる区画に戻ってきた。テントのうちの一つの前では、クレスが手を振っている。
「サメは撒けたか?」
クレスは息を切らしながら答える。
「はい。しばらく追いかけっこを続けていたら、興が削がれたようでどこかへ去っていきました」
「そうか。ありがとな」
「ルカさんはどうしているんですか?」
「城の医務室で治療を受けさせた。元気そうにしてたけど、やっぱり汚ねぇ牢屋にいたからな」
「良かった。無事なんですね」
クレスはホッとしたように息をつく。
「でも、まだ安心はできねぇぞ。【探知】スキルで見たところだと、領主は大量のカネを持ってトンズラしてるから、傭兵かなんか雇って戻って来るかも知れねぇ。だから──」
ロドンは、話す中途でクレスがなんだか浮かない顔をしていることに気づいた。
「どうした?体調でも悪りぃのか?」
ロドンが心配すると、クレスはぽつりと漏らす。
「その……サメ退治の使命を仰せつかったのは私なのに、囮になるくらいしか出来なかったのが申し訳なくて……」
「さっき俺がゴーレムから兵士を助けられたのは、間違いなくお前がサメを引きつけてくれてたおかげだ」
ロドンの大きな手のひらが、クレスの小さな頭を撫でる。
「気にすんなよ。俺が強ぇんだから。デケェことが成し遂げられなくても、お前はお前の出来るだけのことをやってりゃそれでいい」
「……そうなら、いいんですけど」
「というか結構助かってるぜ?俺はガサツだし口悪ぃし金遣いも荒ぇから、バトル以外では頼りっきりだ」
その時、テントの入口が開いた。
「あ!ロドンお兄ちゃんも帰ってきてるじゃん!」
レモラが顔を覗かせる。
「入って入って!」
そう言って、レモラは忙しなくテントの中へと戻っていった。ひらりとテントの入口が翻る。
ロドンとクレスがテントに入ると、燭台の明かりに照らされたイディアが弱々しく微笑みかけた。
「おかえり」
「お城、どうだった?」
レモラは、イディアの周りをぴょんぴょん跳ね回りながら訊ねる。
「領主がムカついたから、でっけーサメをけしかけてやった」
ロドンの言葉に、レモラはぴたっと静止して目を丸くする。
「え……領主さまにそんなことして、大丈夫なの?」
「大丈夫だ。俺の【探知】スキルは人や物の場所がわかる。いま領主はサメにビビって街から離れていってるよ」
ロドンと対照的に、クレスは不安そうな声を漏らした。
「でも、良いんでしょうか……曲がりなりにも領主ですから、あの人がいなくなったら街に混乱が起きそうですが」
イディアは手元の書籍にスピンを挟んで閉じると、本の山の上に重ねた。
「あの領主が好き放題振る舞うよりかは、いくらかマシだと思うよ」
「そうなんですか?」
「あいつはスキルと召喚魔術のセンスによって、老衰で弱っていた先代領主に取り入っただけの男だからね。街はすぐアイツが来る前の状態に戻る」
「そうだと良いんですけど・・・・・・」
「すぐに王都から役人がやってきて、次の領主を派遣するか街から採用するか決めることになると思う。少なくとも暴動なんかは起こらないよ」
「おー。なんか難しいことはわかんねぇけど、平和なら良いな」
「がんばってたら、なんとかなるよね!」
レモラの言葉に、クレスは頷いた。
そのときだった。不意に、風を切る音がその場にいた全員の耳に入る。
一筋の矢が、テントの屋根を突き破って飛来した。それはイディアの脇腹に突き刺さり、肉をかき分ける音を立てる。
「……っ!!」
ゆっくりと、イディアの身体が床へ倒れ伏した。重いものが落ちた時のどさり、という音が、薄暗いテントに響いた。
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