離脱

 サメが吹っ飛んで半壊した城内。領主と兵士たち3人が城の残骸の中でひとかたまりになって伸びている。崩落に巻き込まれ、瓦礫で頭を打ったのだ。


 クレスが、下階から箒に乗って飛んで来た。箒には、洗濯物のように鎧の男がぶら下がっている。


「でかした、クレス」

 ロドンがサムズアップした。


「そしてもう一つ、ダメ押しです」

 クレスは、黒い液体で満たされた瓶を領主へ投げつけた。粘性の高い黒色が、領主の顔にへばりつく。


「な、何だこれは!?」

 領主はネバネバを拭い取ろうと顔中をかきむしるが、


「暗闇の薬です。これで貴方は【位置交換】の対象を認識できません」


「さあ、観念しやがれ。【位置交換】のスキルはルカに返してもらうぜ」

 ロドンがじりじりと領主へ近づいていく。


「──独裁者は、その体制を維持するために結構な無理をする必要がある。軍や警察等の暴力装置に金を払って、独裁者を守るメリットを与えるわけだな」


「……?」

 突然話し始めた領主に、ロドンは怪訝な目を向ける。


「しかし、この世界で他人を動かすことは難しい。銭金を持っているだけのやつより、指先一つで奇跡を起こせる魔法使いやスキル所持者のほうが偉いからな」


 ロドンはうんざりした面持ちで、剣の切っ先を領主の鼻先に向けた。

「ぶっちゃけ、俺はアンタのまどろっこしい話を聞いてるほどヒマじゃない。さっさとスキルを返してくれ」


「……俺は、どうして愚かな独裁領主でいられたと思う?」


 一瞬、ロドンの手が止まった。


 領主はニヤリと口角を上げ、叫ぶ。

「【召喚魔術】──!!」

 領主の足元に、何か複雑な紋様を描く光の円が出現する。児童書や怪しげなオカルト本で目にするような、魔法陣だ。

 地面から、人の手の形をとった土塊が生えた。右手、左手が生えると次に角張った頭が続き、重量感のある石造りの体がぬるりと持ち上がる。


「ゴーレム……!」

 人造兵器は、倒れ伏す兵士の身柄を抑えつけた。領主は悠々とそこへ歩いていく。


 領主は、人差し指に嵌められた金の指輪を外す。そして、それを眠りこける兵士の人差し指に移し替えた。


「まさか手前ェ──」

 ロドンが駆け寄るが、ゴーレムは目にも留まらぬ速さでロドンの顎へ右フックをぶちかました。

「ぐっ……!!」

 ロドンの身が転がる。


 領主は眠る兵士の手を取る。そして意気揚々と、邪悪さをさらけ出したガラガラ声で叫ぶ。

「神の御名のもと、この男に【催眠】のスキルを譲り渡すことを宣言する──!」


 ロドンは、クレスの言葉を思い返す。スキルを収集する3つの方法、それは倒すこと、スキルを奪うスキルを使うこと、そして──譲渡の儀式を行うことだった。


 指輪が砕け散っていく。領主は窓辺へ駆け寄った。どうやら脱出するつもりらしい。


「お前──」

 ロドンの叫びをかき消すように、空から咆哮が轟く。天を覆い隠すほどの、サメの影があった。


「こんなときに!」クレスが苛立ちを募らせる。

「こんなときだから、だろーな」ロドンは小さな瓦礫を拾い上げた。


 サメは城を飲み込むほど巨大化すると、口を大きく開いた。喉奥から燃え盛る火炎が溢れ出す。


クレスは上空へ青い瓶を投げ、叫んだ。

「ロドンさん!」


「おうよ!」

 クレスに呼応して、ロドンが小さな礫を中空の瓶めがけて【発射】した。


 礫の衝突した青い瓶は破裂して、吹き出した水が巨大な壁を象る。降り注ぐ火炎と水の障壁はぶつかりあうと、凄まじい熱風を起こしながら相殺された。


ゴーレムは兵士を地面へ組み伏せた。加減を知らない人造生命は兵士の左腕を後ろ側に引っ張り上げると、背中を踏みつけた。

「ぐあっ……!!」

 肩の関節が外れる痛みに、兵士は苦悶の表情を浮かべる。


「待ってろ!!」

 ロドンは兵士とそれを組み伏せるゴーレムに駆け寄ると、ゴーレムにドロップキックをかました。しかし、ゴーレムの重心は何らブレることはなく、引き続き兵士の重石として佇んでいる。


 上空からサメが降る。口の内側には何重もの歯を並ばせている。ゴーレムも兵士もロドンも一息に飲み込まれるか、と思った矢先のことだった。


「とりゃぁぁっっ!!」サメの腹へ、箒に乗ったクレスが体当たりをかます。サメの落下軌道は大きくズレて、城の外壁へ激突した。


「クレス!?」ロドンが、上空でふわふわと漂うクレスを見上げた。


 クレスは悶えるサメに、びしっと人差し指を向ける。震える声で啖呵を切った。

「あ……あなたはスキル所持者を食べることが目的……と、とはいえ!脇腹に体当たりをされて私を狙わずにいられますかね!?」


 サメはよろよろと浮き上がると、怒りの篭もった目でクレスを睨めつけ、咆哮をぶつける。

 クレスは音の波に煽られ弱々しく吹き飛ばされた。

「ひぃえぇっっ!!」

 なんとか箒を操縦して体勢を立て直すと、向かってくるサメを躱す。


「お先に失礼しますロドンさん!うまく脱出できたらレモラちゃんのところで会いましょう!」


「ナイスだ。感謝してる」

 ロドンは手を上げ、親指を立てた。そして、ゴーレムへ向かって走り出す。


「どきやがれっっ!!」


 ロドンは右フックを食らわそうとするが、ゴーレムはその姿に似合わない俊敏な動きを見せ、ロドンの手首を掴んだ。


「くっ……!!」

 掴まれたロドンの腕は、みしりと嫌な音を立てた。


「この野郎ッッ!!」

 次いで左のボディーブローを食らわせようとするが、それもゴーレムの左手に捉えられる。


「まだまだぁ!!」

 ロドンはゴーレムの顔面へ、頭突きを食らわせた。レンガ造りの体と、ロドンの頭蓋が衝突する。


【発射】のスキルによって、ゴーレムの体は一直線、後方へすっ飛んでいく。拘束が解かれた兵士は、おもむろに立ち上がった。

 

「助かりました。感謝します」


「おう」

 ロドンは血の流れる額を拭うと、右の張り手を兵士の顔の横へ持ってくる。


「それじゃ、怖かったら目ぇ瞑ってろ。これで『スキル所持者を倒した』と見なされるのかは知らねぇけど」


「へっ……!?」

 兵士の頬が引き攣る。


「お前だって、サメが戻ってきたときに喰われたくねぇだろ。だから悪く思うなよ」


 少々抑え気味な、ビンタの音が轟く。ロドンは兵士からスキルを奪取し、【発射】【探知】【催眠】の所持者となった。

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