ロドンvs領主vsサメ

 長く広い階段の中途では、怯えた顔の領主と鎧の兵士たち、そして唯一冷静なクレスが身を寄せ合うようにして立っていた。


 ロドンは階段を丁寧に踏みしめ、一歩また一歩と領主たちへ近づく。


「や、やめろこっちへ来るんじゃない!」

 領主が、兵士に囲まれた立場から震えた声で叫ぶ。


「はぁ?俺がルカの面会に行くのすら拒否ってたってのに、今更なに言ってんだよ?」


 これではどちらが悪役なのかわからない、と壇上のクレスは領主のそばで見ていて思う。


そのとき、領主がそのクレスの肩へ腕を回した。短刀の冷たい刃がクレスの首に触れる。

「おい、こっちにはこの小娘がいるんだぞ!」

 クレスを人質にとって領主が叫ぶ。


「好きにしやがれ。お前がちょっとでもクレスを傷つけたら、俺は剣を【発射】してお前の首を串刺しにする」

 ロドンは変わらず段を登り、領主たちは上階近くへ追い詰められてきた。


「領主さん。あの人は、やるって言ったらやる人ですよ」

 クレスは真剣な面持ちを一切崩さず言い放った。


 領主は少し気圧された。階段をまた一歩と後ずさりつつ、歯ぎしりする。

「チクショウ……おいお前ら、あの男とサメを足止めしろ!!」

 号令で、四人の兵士たちは領主を守る壁のように立ちはだかった。その兜の下から覗く顔は、サメを前にした恐怖に青ざめている。


「まあ聴けよお前ら」

 ロドンは、領主を守る兵士たちへ剣の切っ先を向けた。

「スキル所持者は他人のスキルを奪える……まあ、お前らが知らないはず無ェか。その領主のそばで働いてるんだしな」

 続いて、もう片方の手の親指を背後から近づきつつあるサメに向ける。

「そんで、あのサメはスキルを持ってる。だからオレを狙ってこの城に入ってきたワケだな」


 兵士たちはロドンの言わんとすることに少しずつ勘付き、生唾を飲む。


「サメの目的はスキルだ。ほっといてもスキルを持たない奴らに害はない。オレと領主が喰われれば、次は能力者の多い王都へ行く」


 めちゃくちゃな法律を作ったり、スキル所持者を片っ端から狩ったりなんてやっている領主に人望があるわけはない。そうロドンは推測していた。

どうやらその通りらしく、兵士たちは浮き足立ってソワソワし始めている。


「な……お、おいお前ら!こんな、どこの馬の骨ともわからん男の言うことを信用するのか!?サメなんざ、ヒトならどこの誰でも喰うだろう!!」


 領主の弁明をロドンは鼻で笑う。

「アホか。誰でもいいなら人口エサの多い王都か、兵隊がいなくて喰い放題のダエーとかを襲うだろ」


 領主は言い返せず、わなわな震えていた。


兵士たちも一理ある、と考えたのだろう。すっかり及び腰になっている。あとひと押し、なにかきっかけがあれば剣を捨てて逃げ出してしまいそうだ。


「そこで提案があるんだが……そこのちっちゃい魔女を連れてここから離れてくれ。そうすればお前らの安全は保証する」

 ロドンがダメ押しした。僅かな沈黙があった。


ふいに、兵士のうち一人が、領主からクレスの身柄をひったくって上階へ逃げた。それを合図としたように、残りの三人も追従する。


「お、おい待てお前ら!」

 領主は遅れて、這うようにその後を追った。


 ロドンは鼻で嘲笑った。

「同情するぜ。お前、嫌われすぎだろ」

 ロドンは自分の身体をスキルで【発射】し、領主へ背後から組み付いた。


 領主はもがきつつ、ロドンの顔へ右手を向けた。

「【催眠】──」

 言い終えないうちに、ロドンは領主の顔面へ握りこぶしを叩きつけた。

「させるかよボケ!」

 領主の鼻が砕ける音がした。

「おーし、あと何発で気絶するか──」


 そのとき、ロドンたちの背後で大きな音がした。壁に突き刺さってつっかえていたサメが、壁の破壊に成功して自由になったのだ。

 サメはスキル所持者であるロドンと領主──つまり、獲物を目にして興奮したような咆哮を上げる。


「もうちっとだったのになぁ」

 ロドンは領主の胸ぐらをつかみ、立ち上がった。


 サメは階段の容積に合わせて少しだけ【巨大化】した。そしてロドンと領主を一息に飲み込もうと口を開く。


 ロドンは領主をひっつかんだまま、サメの口内を見据える。

「よーし、いいぞ。そのままこっちだ。今にいい餌を放り込んでやる」


「ま、待て!そんなことをしたらサメが強化されてしまうぞ!」

 領主はみっともなく叫ぶ。


「お前の体の下半分をサメに喰わせてから、俺がトドメを刺せばいい」


 残虐な発言に、領主の顔から血の気が引いた。

「待て待て待て待て。わかった。今すぐ能力を譲る」

 領主は右手の指輪をロドンの目の前でちらつかせた。

「これを渡せば能力が譲渡できるんだ。嘘じゃない。今すぐやる」


「もうスキル狩りとかしないか?」


 ロドンが訊くと、領主は必死に何度も頷いた。


 サメの口が大きく開かれた。

 ロドンは、領主が嵌めている金の指輪へ手をのばす。


 突然、領主が叫んだ。

「【位置交換】!」


 ロドンが胸ぐらをつかみ持ち上げていたものが、領主から領主の護衛をしていた兵士のうち一人に変化した。


「あ、あの野郎!!」

 ロドンは、領主がルカを倒して【位置交換】のスキルを奪っていたことをすっかり失念していた。

「姑息な真似しやがって……っっ!!」


 横からサメの襲撃を受ける。ロドンは何を思ったか、サメの口の中へ飛び込んだ。

そのままサメの上口蓋、つまり上顎の内側を殴りつける。

「【発射】ァ──ッ!!」


 サメの体が、勢いよく撃ち出された。ロドンの体もまろび出た。

大質量サメが高速で天井をぶち抜いていき、城の上半分は火山が噴火するように吹っ飛び、残骸が砕けてあちこちに散らばった。


 天井に開いた穴ごしに、ロドンは上階の領主、クレス、そして3人の兵士の姿を確認した。


 ロドンは自らの身体を【発射】して飛び上がると、大穴を経由して5人のもとへ移動した。


 着地した先は、突然のことに呆然とする5人がいた。

ロドンは腰を抜かしている領主に剣を向ける。

「俺から逃げ切れると思うなよ!」

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