死のロープクライミング

 塔に開けられた採光窓をあっちへこっちへ、サメの影が移動する。巨大な捕食者は塔のぐるりを周回しながら、獲物が隙を見せるのを待っているのだ。


 兵士たちはすっかり腰を抜かして、がたがたと身を震わせている。


「あのサメ……ロドンが吹っ飛ばしたんじゃなかったの?」

 ルカは転生直後からサメとの戦いに放り出されて慣れてしまったのか、肝が座っている。


「クレスの予測じゃ、サメはスキル所持者のいる王都リアトへ一直線に向かってた。それがこのクナルトの街に来たってことは……」

 ロドンは、尻餅をついた兵士二人それぞれの頭へ右手と左手を載せた。

「オイ手前ェら。知りてぇことがある。」


 二人は、鼻水と涙でびしょ濡れになった顔でゆっくりと振り向いた。


「お前ェらのとこの領主は、いくつのスキルを持ってる」


「4つだ。領主はスキル所持者を4人殺している。」


「じゃ、アタシの【位置交換】スキルも含めて5つじゃない?」

 檻の中からルカが言った。

「でも、そんなこと訊いてどうするの?」


「……このクナルトの街にたくさんのスキル所持者が集まってるからこっちへ来た、ってんならあのサメはスキルが見えるスキルを持ってる可能性がある」


 話しているうちに、壁の外からサメが口を開けて塔へ衝突してきた。

「危ねぇっ!!」

 ロドンは兵士二人の身柄をひっつかんで、回避する。


 そのままロドンは二人の兵士の頭の間に自分の首を突っ込むと、低い声で言って聞かせた。

「時間は無ぇ。お前ら、ここに丈夫な縄か鎖はあるか」


「あ、ロドン?それならここにあるよ~」

 ルカは、檻の中にある長い鎖を指差した。罪人を縛るためものだろう。


「ナイス、ルカ」

 ロドンは再び、二人の兵士を低い声で脅す。

「ルカの檻を開けろ」


「し、しかし……」

 ロドンは、躊躇う兵士たちの尻を蹴り上げた。

「オレに無理やり奪われたことにすりゃいい!それともサメの餌にされてぇか!?」


「ひ、ひぃぃぃ!!」

 兵士たちはへっぴり腰のまま檻へしがみつくと、ポケットから出した鍵を震える手で情に差し込み、開けた。


「よし、上出来だ」

 ロドンはルカの檻へ押し入ると、ルカの手を縛っていた縄を切り、床に落ちていた長い鎖を腕に巻いて出てきた。また、ついでに兵士のうち片方から剣を強奪した。


「ルカ、ちょっと待ってろよ。後ですぐ迎えに来る」

 そう言ってロドンは、サメに破壊された橋があった場所へ向かって立つ。


ロドンは目を凝らした。【探知】スキルによれば、どうやら領主は城の3階あたりにいるらしい。


 塔の頂上へ駆け上がると、サメと目があった。血走った肉食魚の目を、ロドンは冷静に捉える。

「残念だが、今はお前と戦ってる場合じゃねぇ」

サメは殺せないが、【発射】スキルで撃ち飛ばせば時間は稼げる。そう思ってロドンは剣を構えサメを迎え撃つ姿勢をとった。


 瞬間、サメが、火を吹いた。火炎は揺らめく手のひらのように、ロドンめがけて広がっていく。

「マジかよ……!!」


 ロドンはとっさに炎を躱したが、足を塔の屋根から踏み外した。ロドンの身体は真っ逆さまに、塔から落ちていく。このままでは地面へ脳天を打ち付けることは確実だ。


「うおおおおおおっっ!!」

 剣の鍔の部分に鎖を巻き付ける。左手に鎖を、右手に鎖を巻きつけた剣を握る。

「【発射】──ッッ!!」

 3階の外壁めがけて、頭上へ剣を思いっきり投げた。石と石の隙間に剣が食い込む。


 外壁に刺さった剣から鎖一本でぶら下がるロドンは、鎖を頼りに外壁を登る。


 サメはロドンの隙を逃すまいと、城と塔の隙間へ入り込むと口を広げた。下からロドンを掬い上げるように登っていく。


 ロドンはふと下を見た。サメは赤い口内と並ぶ白い歯を見せつけるようにして追ってきている。今ロドンが鎖から手を離せば、いともたやすく丸呑みにされてしまうだろう。

 決死のロープクライミングを続けるが、眼下から追い上げるサメのほうが速い。先ほど見えた火炎放射の射程を鑑みるに、一刻も早くサメから離れればならない。

「……イチかバチかだな」


 ロドンは鎖から手を離した。

「俺自身を、【発射】する──!」

 壁を蹴り上げつつ、【発射】のスキルを使用する意思を、脳内で鮮明に描く。


 身体が浮いた。想定以上の速度で投げ出される身体をなんとか律し、窓ガラスへ剣を突き立てた。


「おらよっ!!」

 ロドンは身を押し上げ、城内へ転がり込んだ。


 まろび出た先の広間では、ちょうど階段を降りてきた領主と数人の兵士たち、そしてクレスがいた。


「なっ……貴様!」

 領主は、想定外の場所でロドンを目にしたことでとっさに良からぬ気配を感じ取った。


 直後、【巨大化】のスキルを解いて通常大になったサメが窓へ上半身を突き刺す。


「厄介事を連れてきやがって……」

 領主をかばうように、数人の兵士が戦闘態勢を取る。


「言いがかりはやめてもらいてぇなぁ?お前がスキル狩りをしたから、コイツはスキルの匂いを嗅ぎつけてこの街に来たみたいだぜ?」

 ロドンは広間をゆっくりと横切り、領主へ近づいていく。


 サメはジタバタと身を捩り、身体を狭い窓枠へ押し込んだ。無理を通されつつある壁にヒビが入る。あと数秒の後に壁は崩れ去り、サメは大広間へ侵入することが予想された。


「どっちが先にサメに喰われるか、勝負と行こうじゃないか。領主サマ」

 ロドンはニヤリと歯を見せた。

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