サメ、飛来

「ロドンさん!」

 ロドンが城の談話室に迎え入れられると、クレスが駆け寄ってきた。


「素晴らしいな。感動の再会というわけだ」

 領主のいやみったらしさが声音にも表れている。


「テメェが引き離したんだろうが」

 ロドンは、領主へ噛み付くような視線を刺した。


「まぁそう言うな。スキル所持者はいわば人間兵器……街をうろつかれることに抵抗がある為政者おれの事情は理解してくれたまえ」


 ロドンが周りを見回すが、談話室にルカの姿はない。

「……ルカはどこにやった?」


「君たちが俺の言う通りにすれば、能力を返還した上で解放してやるさ」


 ロドンは、クレスに小さな声で耳打ちした。

「クレス、念の為訊いとくけどよ。コイツは法律やら何やらに縛られることは無ぇんだよな?」


 クレスは頷いて、小声で呟く。

「はい。この街では領主の命令が絶対です。領主はその場の思いつきで、先程のようなデタラメな法律を作ることだって出来てしまいます。ですから……ここでの口約束が守られる保証はありません」


「律儀に街から出てやっても……ルカは能力を返してもらえなかったり、下手すりゃ殺される。そういうことがあり得るわけだな」


 クレスは無言で頷いた。


「んん……ひそひそ話は気分が良くないな」

 そう言って、領主は指を鳴らした。


 兵士たちが数人、狭い客室へ押し入ってくる。重装備の兵隊はおしなべて、鈍く光る剣を抜き身で構えていた。彼らが領主の命令一つでクレスとロドンを八つ裂きにするであろうことは、刃の拭き残された血糊が物語っている。


「そろそろ……返事を聞かせてもらおうか?」

 兵士たちに囲まれるように立ち、領主は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ロドンの携えていた剣も入城の際に没収されてしまった。勝ち目はない。


 ロドンは、クレスを背後に隠すように立った。

「……ひとついいか」


 領主は眉間にシワを寄せた。

「何だ?」


「手前ェの言う通り、おとなしくこの街を出てやるよ。でもその前に一度だけ……ルカと話をさせてくれ」


 領主のわざとらしいため息。

「却下だ。私に頼み事が出来る立場だと思うなよ」


 取り付く島もない。ロドンは舌打ちして、歯を食いしばる。


「私が!」

 ルカがロドンの背後から顔を覗かせ、声を張り上げた。

「私が、人質になります。ルカさんかロドンさんのどちらか……あるいは両方が……逃げたら、逃げてしまったら。私のことは好きにしていただいて構いません」


領主は、品定めするような目でクレスを見下ろす。

「ほう……?」

 無骨な手が、黒髪に触れた。


「クレス──」


 ロドンが何か言葉をかけようとしたが、クレスは決意のこもった眼差しでもって制止した。

「私のことは、気にしないでください」


気圧されたロドンは、口を噤むほかなかった。


 領主は高笑いして、手を叩いた。

「いいだろう。それくらいは許してやる。余計な真似を見せれば容赦はしないがな」


 ロドンはクレスをまっすぐに見つめた。

「すぐ戻ってくる。待ってろ」

 クレスは無言で頷く。


 ◆


 城からの連絡橋を渡れば、幽閉塔があった。階段やはしごなど、地上に出る手段の一切が用意されていない塔は内部の作りも簡素だった。ただ幽閉されるものに飢えと寒さ、孤独と寂寞感を与えるための機能しか供えていなかった。


 監視役をあてがわれた二人の兵士のうち一方が、扉の鍵穴へ先の曲がった金属の棒を差し込む。重い木製の扉が開いて、ロドンたちは塔に入った。


 すぐに、ロドンと兵士たちは顔をしかめた。塔は屎尿と屍肉の、それも何日も放置されたものの匂いで充ち満ちていたのだ。こんなところにルカは収容されているのか、とロドンは憤りを覚える。


「ルカ!」

 ロドンが叫ぶと、応じる声があった。

「ロドン!」


 奥の檻の中から、ルカが手を振っていた。

「嬉しいよ!ここの檻に入ってるの、死んでたり骸骨だったりする人ばっかりでさ~!」

 顔の涙と鼻水を袖で拭い、ルカは力の抜けた笑顔を見せた。


「悪い。すぐにここから出してやりたいんだが、どうも無理みてぇだ」


 ルカは首を横に振った。

「気にしないで。ロドンがちゃんと街から出れば領主もアタシを殺す理由はないんだし。まーなんとかなるでしょ」


 そんな折、背後で兵士の一人がもう一方へこぼした。

「おい、何か変な音しないか?飛んでくるみたいな……」


「飛んでくる?」

 脳裏をよぎるのは、おそらく空を飛ぶもので最大の脅威。

「まさか……!」


 塔の屋根が吹き飛ぶ。頭上に開いた穴から窺えるのは、巨大なサメの姿だ。衝突によって大きくえぐれたその鼻先は、【再生】のスキルでたちまち癒えていく。


「ひえ、サ、サメ!?」

 兵士たちは恐れをなして、連絡橋を目指し走り出した。しかし、サメは回り込んで橋の上へ出現する。


「下がれ!」

 ロドンは二人の兵士の首根っこを掴み、引き寄せた。


 サメはその尾を橋へ叩きつける。木の引き裂かれる音を響かせ、橋は蜘蛛糸のように崩落していった。城と塔を繋ぐ唯一の道は失われ、ルカとロドン、そして二人の兵士は完全に孤立する。


 剣は入城の際に没収された。クレスの薬も箒も、ルカの【位置交換】も使えない。


「万事休す、ってヤツか……?」

 ロドンは小さく舌打ちした。

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