位置交換のスキル

 領主の城は薄暗く、二人きりのだだっ広い食堂には張り詰めた気まずい空気が流れている。冷え切った空気に晒されて、卓上のスープの表面には白い脂が浮いていた。


ルカは食事の手を止めた。そして、向かいに座る領主の眼を上目遣いで覗き込んだ。

「アタシと一緒に来たチンピラと小さい魔女のどっちか……もしくは両方が、スキル所持者だって言いたいわけね?」


「この期に及んでまどろっこしい言い方をするのはよせ。あのチンピラがスキル所持者なんだろう?」


 ルカは、この世界に吐き出されたときのことを思い出す。クレスはルカの能力を解明する際、水晶玉を用いた呪術に十分ほどの時間を要していた。

 しかしルカが城に入ってからというもの、領主がそういった素振りを見せたことはない。となると──


「……そういうスキルを持ってるの?相手のスキルがわかるようなさ」


「そういうわけだな。嘘は互いのためにならないとわかっただろう?【位置交換】のスキル所持者よ」

 領主は、白いナプキンで口元を拭う。丁寧に畳むと、テーブルへ戻した。


 ルカは精一杯に笑顔を取り繕って、両手を合わせた。

「ごめんね!他のスキル所持者を狙うがいたら困るからさ。領主さんにも秘密にしとこうと思ったのよ。ほら、敵を騙すなら味方からってね?」


「ハハ、気にすることはない」

 領主は微笑んだ。そして、片方の口角を吊り上げてニヤリと笑った。

「どうせみんな、俺の糧になるんだから」


「へ?」

 言葉の意味を捉えかねているうちに、ルカは領主の行動への反応が遅れた。


 領主は椅子から立ち上がり、左腕を突き出す。手のひらをルカへ見せつけるように開く。

「眠れ」


 ルカは、粘ついた空気の波のようなものを顔面いっぱいに浴びた。


「しまっ──」


 思考が靄がかっていく。頭が重く、支えられないような錯覚。意識をなくしたルカは、床へ倒れ込んだ。


 手から滑り落ちた匙が、石の床に打ち付けられ高音を響かせる。


 ◆


「ここの領主さんが、スキル所持者狩りを……?」


テントの薄闇に佇む燭台の弱々しい灯りに、イディアの顔が照らされる。

「忠告はしたよ。早く用を済ませたら、こんな街さっさと出ていくんだ」

 イディアは再び本を開き、眼鏡の位置を正した。


「これまでにスキルを奪われた方はいるんでしょうか?」


 クレスが疑問を口にする。イディアはゆっくりと頷いた。


「少し前に、この辺りに転移してきた者がいてね。あの領主はそのスキル所持者を引っ捕らえると、神殿での儀式を行い強引にスキルを譲渡させた」


「なるほど。スキル所持者になったことで、『スキル所持者は他人のスキルを奪える』という法則に当てはまるようになったわけですね」


「そうだ。それ以来彼はスキル所持者を狩るようになった」


「それじゃソイツはいま、どれくらいのスキルを持ってんだ?」

 あぐらをかくロドンが口を開いた。肩には退屈を持て余したレモラが腰掛けている。


「せいぜい2、3個だろう。だがスキルは一つ一つが強力な上に、組み合わせることでさらにより効果を発揮する」


「確かに──」

 言いかけたところで、クレスの身体が青白く発光する。一瞬の激しい閃光の後に、視界は元に戻った。


「【位置交換】のスキル──なるほど。なかなか使い勝手がいい」


 クレスの立っていた場には、豪奢な衣装に身を包んだ男が佇んでいた。


「ロドンくん、逃げろ!そいつが領主だ!」

 レモラを守るように抱え、イディアが叫ぶ。


 しかしロドンはイディアの叫びを無視して、領主に掴みかかった。

「テメェ、クレスをどこにやった!」


 領主は、襟元を掴まれても表情を変えず、ロドンの手を見下す。

「おっと、乱暴な真似はよしたまえよ。私がこの能力を持っていること。そしてあの魔女と入れ替わったこと。これらが意味することはわかるだろう?」

 スキルが奪われているということは、単身城に乗り込んだルカは何らかの理由で倒されたということだ。そして領主とクレスが【位置交換】をしたということは、クレスは領主の城に飛ばされている可能性が高い。


 つまり、ルカとクレスはこの男に人質に取られている。


「……何が目的なんだよ」


「俺の城まで来てもらおう」


 ロドンはわずかに拍子抜けした。しかし、すぐに気を引き締め直す。

「それだけか?」


 領主はつまらなさそうに、首を縦に振った。

「ああ、結構だとも。俺には、他に目的がある」

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