兵士の言いがかり

 市場の一角で、クレスは鞄に瓶を詰め込む。ロドンが店主から銀貨を受け取った。


「魔法薬の調達は十分に出来ましたが……装備を整える前に、戦い方を定めないといけませんね」


 クレスとロドンが狭い通路を歩く。平日の昼間だが、クレスとロドンの暮らしていたダエーの街より人口密度は多い。


「ああ。前のカチ合いで、マトモにやっても歯が立たねぇことがわかったからな」


 クレスは、不安げな顔で三つ編みを指先で弄ぶ。

「顔が半分溶けても再生していましたからね。討伐できるんでしょうか……あんな怪物……」


「場合によっちゃ、殺すんじゃなく封印するんだって考えたほうが良いかもな。人が喰われなきゃそれで良いんだ」


「封印っていうと……溶けた蝋や金属で押し固めるとかですかね?」


「領主からの報酬金を前借りできんなら、やれねぇことも無ぇだろうけどなぁ。いずれにしろ、サメを倒すならアイツの向かう先の街の奴らと協力しなきゃ勝てねぇな」


「……そうだ。サメは、依然として王都リアトに向かっているんですか?」


 ロドンは頷いた。【探知】スキルによりサメの居場所がわかるのだ。

「ちょくちょく寄り道してるけど、変わらねぇな。よっぽど喰いてぇもんがあるらしい」


「……気になりますね。早くこの街を出立して王都に向かいましょう」


「だな。さっき買ったコレの威力も試してぇぜ」

 ロドンは、懐からブーメランを取り出して眺めた。羽根にはそれぞれ刃がついており、革のカバーで覆われている。


「おい、そこのお前!!」

 声がかかる。2名の兵隊が、数十メートル先からロドンを指差して叫んでいた。


「この街では、兵士以外による武器の所持は禁止されている!」


「しまった──」

 ロドンはとっさに、あたりを見回した。周りの人々は武器を持って──いる。むしろ、老若男女問わず腰に刀を下げていたり、薙刀を背負ったりしている。靴の先や耳飾りが鋭利な針のようになっている者もあった。


「人食い巨大サメの噂は有名ですからね。武器を持ってない人間のほうが少ないですよ」

 クレスが小声で耳打ちした。


「オイ!みんな武器持ってんじゃねぇかよ!!」

 ロドンが兵士たちに叫び返す。


「領主様の決定だ!なお、この法律は『今日街に入ったばかりの、金髪の男と黒髪を三つ編みにした少女』にのみ適用される!!」

 兵士たちは、大股で歩み寄ってくる。


「んなアホな話があってたまるかよ!!」


 兵士たちは聞く耳を持たず距離を詰める。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。こっちだよ!」


 ロドンの背後で縮こまっていたクレスは、声に気づいた。


「子供……?」

 声のした方を見やると、路地の暗がりから小さな手が伸びている。


「来て!こっちに!」


 クレスは頷いて、ロドンの裾を引っ張る。


「あぁ?どうした」

 クレスは幼子を手で指す。

「着いて行きましょう。ここで任務失敗になるわけにはいきません」


 ──ロドンは荷物を担ぎながら、クレスはスカートを纏めながら。右へ左へ狭い路地を抜けていく。先導する幼い少女は、軽い身のこなしで木箱や水瓶の上を飛び移っていく。


「着いたよ」

 少女は、疲労の色を一切見せない笑顔で振り返った。


 案内された先は、巨大な生物の骨と継ぎ接ぎだらけの布から成る貧弱なテントだった。大きさこそ数人用だが、嵐が来ればあっというまに吹き飛んでいくだろう。そうなっていないのは家屋や商店の密集する路地のなかにあるからだと考えられた。


「ただいまー!」

 少女は出入り口の布を捲ると、室内に向かって元気よく叫んだ。暗い室内では、丸メガネの男が熱心に読書をしている。


「おかえり」

 男は、本から顔を上げた。

「おや、お客さんかい?」

 クレスとロドンの顔を認めると、小さく会釈する。


「レモラ、この人たちを助けてあげたんだよ!偉い?」

 自らをレモラと呼んだ少女は、積まれた本の上に立つと胸を張る。


「はい。私たち、この子に助けてもらったんです」

 クレスはお辞儀をする。

「兵士がわけのわからん因縁をふっかけてきたんだ。鞘に収まってる武器を出しただけで法律違反だとか抜かしてなぁ」


「なるほど。それは災難だったね」

 男は目を閉じて頷いた。


「ねぇ、レモラ偉い?」

 レモラは男の顔を覗き込んだ。


「ああ。いいことをしたね」

 でも本に乗るのは良くないよ、と男は指先でレモラの背中を軽く叩いた。

「僕はイディア。レモラの保護者だ。よろしく」


 クレスは丁寧に、ロドンは簡易に名乗った。


「君たちは旅人かい?」


 クレスとロドンが答える前に、レモラが答えた。

「そうだよ!見たこと無いもんこの人たち!」


「そうか。じゃあ老婆心から、一つ忠告をさせてもらおう」


「忠告?」


「ああ。言いたいことは色々あるけど……結論を先に言おうか」

 男は本を閉じて、レモラの載っていた本の山に置いた。

「君たちは、この街から早く出たほうがいい」


「それは……なぜなんでしょう?」


 イディアがメガネの位置を正す。

「ここの領主が、『転生者狩り』を生業とするスキル所持者だからだ」

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