クナルトの領主
街は真っ白な城壁で囲われており、そのさらに外側は堀で囲われていた。
「ごめんくださーい!」
クレスは堀の向こう、大きな門に向かって声を張り上げる。
閉じた門の奥からは、若い男の声が返ってきた。
「何の用だ」
「旅の者です!ダエーの領主様から
「滞在の目的は?」
問われて、クレスは背後のルカとロドンを振り返った。
「……さて、どう答えましょうか」
「どうって、普通に『サメ殺しのために食料や装備が買いたい』って答えたらいいんじゃねぇのか?」
クレスは首を振った。
「おそらく……そう簡単にはいきません。私たちが出発する前、領主様は『サメ退治にスキル所持者を向かわせる』と付近の街に伝えているからです」
ロドンは片眉を上げた。
「……それと、街に入れないことに何の関係があんだよ?」
「スキルは、魔法でも為し得ないようなことをやってのけるいわば『奇跡のわざ』です。ですから、街に住むスキル所持者は貴重な『資源』あるいは『戦力』として数えられています」
「……なるほどなぁ。俺たちスキル所持者は、そんな貴重な『奇跡のわざ』をぶん殴るだけで奪えるわけだ」
クレスが頷いた。
「はい。得体の知れないスキル所持者を街に入れるなんて、領主は気が気じゃないでしょう。最悪の場合、ルカさんとロドンさんはスキル譲渡の儀式を強要される可能性すらあります」
「ねぇ、ちょっといい?」
ルカが口を挟んだ。
「じゃあどうして、ダエーの領主さんはロドンにサメ殺しを命じたの?スキル所持者は貴重なんでしょ?」
「それは……」
クレスが言い淀んだのを見て、ロドンが面倒くさそうに代弁した。
「厄介払いだろうよ。スキル所持者は面倒事の種だ。実際ダエーを出発する時、あのサメは俺めがけて広場を襲ったしな」
クレスは目を伏せている。思い当たる節があるのだろう。
「他所の街へ『能力者はサメ退治に遣わした』って触れ回る理由もそこだろう。『貴重な資源は手放してるから、ウチの都市を攻める旨味は無ぇぞ』って言いたいんだ」
「なるほど。スキル所持者も肩身が狭いんだねぇ」
「おい、何コソコソ話してる!」
城壁の上から、苛立ちのこもった声が降り注ぐ。
ルカは手を挙げた。
「私が、リアトの街からサメ殺しの任務を命じられてやってきたスキル所持者よ。この二人は世話係」
そう言って、ルカとロドンを指差す。
クレスとロドンは、ルカの突然の行動にあっけにとられた。
「バカ、お前何考えてる!」
ロドンが小声で叱りつけた。
「アタシが行って、囮になるわ」
「正気かよ。死ぬぞ」
「アタシはヤバくなったら【位置交換】で今朝の森に転移できるし、大丈夫よ。物資を買い込んだら、クレスちゃんの箒でこの街を離れればいい話じゃない?」
ロドンが言い返さないうちに、城壁の兵士は応えた。
「……領主様の許可が出た。クナルトの街への入城を許可する。」
歯車が音を立てて、堀にかかる跳ね橋がゆっくりと降りる。引きずる音を立てて、門が開く。
「ありがとうございます!」
クレスが恭しく礼を言った。
「ただし、そこの女は別だ。まず領主様が会って話したいと仰られている」
兵士は、ルカを指差した。
ルカはクレスに荷物を預けると、兵士へ指を差し返した。
「領主には『いいお茶を準備しろ』って伝えてよね。スキル所持者とは仲良くしてた方がトクだと思うよ?」
◆
白く塗られてはいるものの、単純な石造りの城は砦と呼ぶほうがふさわしいように思えた。「領主の間っていうから……もっと金細工とかついてるような豪華で派手な内装かと思ってたけど、思ったより質素じゃない?」なんてルカは思った。実際は、資源の少ないこの世界においては類を見ないほど贅の極みを尽くしている。
ルカは席についたまま、落ち着けないでいた。街で買い出しをしているクレスとロドンが気がかりだった。
しばらく経つと、干し肉を中心にスープとサラダ、パンとよくわからない果実からなる食事が運ばれてくる。
「大鮫殺しを請け負ったというから、屈強な男を想像していたんだがな」
正面に座る黒髪の男はクナルトの街の領主、レイニだ。
「人を見かけで判断するのは良くないんじゃない?」
ルカはフォークで干し肉を突き刺し、口に運んだ。領主は苦笑いする。
「長旅ご苦労。念の為だが……君の能力を訊いてもいいか?」
「【瞬間移動】。いつでもどこでも好きな場所に行けるの。便利でしょ?」
もちろんルカの本当の能力は【位置交換】であり、無制限の移動はできない。それに自分以外の位置も変えることが出来ることは、サメとの戦闘で明らかになったとおりだ。
さらりと嘘を吐いたルカは、乱雑に干し肉を噛みちぎった。
「そりゃあ便利だ」
領主は丁寧に、スープをさじで掬って飲んだ。
「この街には、どれくらい滞在を?」
「一日で出ていくわ。食料と、魔法に使う装備をいくつか買えればそれで良いもの」
領主は頷いた。
「まぁ、話半分に聞いておくとしよう。嘘をついていないとも限らない」
ルカは上目遣いで領主を捉えた。
「……あら、信用してくれないの?アタシ、スキル所持者の中でも一二を争う良いやつだと思うんだけどなぁ」
「ああ。非常に心苦しいが……」
領主の目が、蝋燭の明かりを反射して怪しく光る。
「なんせ君は、スキル所持者は自分しかいないかのように振る舞う嘘つきものだからな」
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