宇宙服の女

 初めて目にする宇宙服に、クレスは首を傾げ目をしばたたく。

「何だろうあれ、銀色イモムシ人間……?」


「はぁ?何言って──」

 ロドンは振り返り、ゆっくりと降臨する転生者を見上げた。

「なんだありゃ、宇宙飛行士か」


「ウチューヒコーシ?」

 クレスは間抜けに復唱する。


「宇宙……雲よりも向こう、他の星なんかを探検する奴らだ」


「星……?あれって、夜空に開いた穴じゃないんですか?」


「ああ。違う。……けど、あー、説明が面倒くせぇ。話は後だ」

 ロドンは剣を構えた。すぐそこまでサメがやってきている。

「あの宇宙服を頼むぜクレス。俺はコイツを食い止める」


「了解しました!」

 クレスは水晶玉を取り出す。

「今からあの人のスキルを調べます!私は無防備になるのでご了承ください!」


「ああ。指一本……いや、ヒレ一枚触れさせるかよ!」

 ロドンは再び、サメの牙を剣でいなした。


「ええと、なになに……」

 水晶玉の中に、黒い靄が発生した。クレスは現れるメッセージを懸命に読み取ろうとする。

 クレスのそばに、仰向けの宇宙服がゆっくりと着地した。黒いヘルメット上の頭部からは、女性のものと思しき顔が窺える。

「わ、近くで見ると意外と大きい」

すると、宇宙服はおもむろに上体を起こした。

「え……あ……おはようございます……?」

 クレスはおそるおそる会釈した。


 突然、宇宙飛行士は思いっきり頭を振ると宇宙服の頭部を振り落とす。

「あ~~!暑いっ!!」

汗で濡れた頭が露出した。

「あれ、可愛い女の子がいるじゃん?」

 宇宙服の頭部を外した女は、呆けるクレスを認めるとにっこり微笑んだ。


「えっ、可愛い、ですか?」

「そりゃもう。紺のワンピースに水晶玉なんて魔女みたいじゃん。コスプレってやつ?」

「ああ、えっと……仮装じゃなくて正装です。いちおう本物の魔女なので」

「マジ?凄いね」

「えへへ……ありがとうございます」


「オイお前らァ!仲良くお喋りしてんじゃねぇ!!」

 遠くからロドンの怒声が飛び、クレスは我に返った。


「そうだ、こんなことやってる場合じゃないんですよ!」

 クレスは交戦するロドンとサメを指差す。

「非常事態です。空飛ぶ巨大なサメに襲われているんです」


「凄いね何あれ。映画の撮影?」

「違います!」

「未来でマーティが食べられそうになるやつ?」

「どっちかというと海水浴場に……だから、映画じゃないんですってば!」


 女は、焦るクレスをケラケラと笑う。

「冗談冗談。じゃあ、逃げよっか」

 至って焦りの見えないトーンで言ってのける。


「どうしてそんなに平気そうなんですか」

「魔女がいるなら、魔法の杖とか空飛ぶ箒でなんとかしてくれそうだし」

「すみません。杖は小さな炎しか出ないし、箒はさっき手放しちゃいました……」

「マジ?詰んでるねぇ」


 今ひとつ会話に身が入らない。この能天気さは魔女がいることによるものではなく、女の生来のものなのではないかとクレスは思った。


「むしろ、私たちは貴女に助けてほしいんです」

 クレスは宇宙服の手部分を握る。


「えぇ~でも、アタシ何にもできないと思うけど……」


「いえ、そんなことはありません。こちらの世界にやってきた転生者の方は、特殊なスキルを一つ持っているので」

 クレスの真剣な眼差しに、宇宙服の女は表情を引き締める。


「じゃあ……アタシのスキルで、魔女ちゃんとあそこのチンピラを助けられるの?」

「はい。あなたのスキルは……『位置交換』なので」

「『位置交換』?」

「手に触れているものの位置を、遠くにある同じくらいの大きさのものと入れ替える能力です」


「へ、へぇ……」

 女は与えられた情報をなんとか処理しながら頷いた。

「すみません、いきなり言われて信じられませんよね」

 女は首を振る。

「いいや、信じるよ。言われたらなんか、できるような気がしてきた!」

 女は装備を乱暴に脱ぎ捨てると立ち上がった。宇宙服はごとり、と鈍い音を立てる。

「アタシはルカ。男の子みたいな名前でしょ?」

 ルカは右拳に左手を重ね、指の関節を鳴らした。

「可愛い子に頼られたときくらい、頑張んなきゃね!」


「よ、よろしく頼みます!」

 クレスが小さな拳をつきあげる。


「……って、ノリでカッコつけちゃったけど、どうすればいいんだろう!」

 ルカは元気よく言い放った


「私たちを遠くにある、私たちと同じくらいの大きさのものと入れ替えてください!」


「でもさ、私さっきここにばっかで、ここのことなんにもわかんないや!ごめん!」


「確かにそうでした!」

 クレスはあたりを見回すが、月のない夜の視界は恐ろしく狭かった。上空の白い渦はほぼ消えかけており、杖の弱々しい灯りで辺りを探るしかない。


「それなら大丈夫だ!」

 ロドンが叫んだ。

「それは解決して……いや、そもそも問題じゃねぇ!」

 サメとの格闘を切り上げて、ロドンはルカとクレスのもとへ駆け寄った。


「今すぐここから逃げ出すぞ。そのためには、お前の……ルカの協力が必要だ」

 ルカが頷く。

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