異世界の門

 サメは大きな顎を開き、ロドンを追い込む。

「チィッ……!」

 ロドンは、サメの牙を剣でいなした。硬いもののぶつかり合う音が、夜闇の中に響く。

 サメはかすり傷程度しか追わず、その傷もたちまちに癒えていく。ロドンとクレスには、勝利のビジョンがまるで見えなかった。


「隙を作ります。逃げてください!」

 クレスの杖の先から小さな火の玉が飛び、サメの頬へ命中した。

 ロドンとクレスは踵を返し、走る。


しかし、サメが頭を勢いよく振ると火はあっけなく立ち消えた。サメは何事もなかったかのように、狩りを続行する。


「避けなくても平気、ってことか……」

 クレスは絶望の面持ちで後方を窺う。


「振り返るんじゃねぇ!走れ!」

 ロドンは苛立ちをぶつけるように叫んだ。箒のない状態でとても逃げられる相手ではないことなど承知していたが、見苦しく逃げる以外に選択肢はなかった。


 後方から、風を切る音が迫ってくる。音が大きくなるほどに胸の内の恐怖心も膨らんでいき、振り返ることもままならない。


「……クレス」

 ロドンが、ためらいがちに口を開いた。


「何でしょう?」


「スキル所持者同士が戦っている途中で片方が自死しても、スキル奪取は行われるか?」


 少しだけ、沈黙が続いた。


「それは……ロドンさんがここで自死することを想定しての質問ですか?」


 ロドンは答えに迷った後、重苦しい声音で言った。

「……ああ」

 サメはスキル所持者を狙っている、という仮定が正しい場合。クレスを生かす最善の手段は自身がここで囮になり、頃合いを見計らって自死することだとロドンは考えたのだった。


「結論から言えば……もちろん、されません」


 ロドンは、落ち着き払ったクレスの態度に拍子抜けした。てっきり、この判断を糾弾されるのだろうと考えていた。


「確かに、ロドンさんがここで自死すればサメに能力を与えずに済みます。でも……」

 クレスはちらと、ロドンの顔を見た。

「ここでロドンさんが死んでしまえば、あいつと戦える勇士がひとり、この世界から失われてしまいます」

 再びクレスは、正面を向いた。真剣そのものの眼差しは、進む先を一心不乱に捉えている。

「だから私は、ここでロドンさんを死なせません」


「……悪ぃ。バカなこと訊いた」

 諦めとかけ離れた境地にある少女を前に、ロドンは自らの臆病さを深く恥じ入った。


「いいんです。冷静で合理的な判断ができることが、ロドンさんの持ち味ですから」


 背後からの轟きはすっかり勢いを増した。ロドンが振り返る。


「そういうわけだ。簡単には殺されてやんねぇから──」

 ロドンは剣を野球のバットのように構える。巨大なサメの頭を視界の中央に捉える。

「いい加減、諦めなぁッ!」

 おおきく振りかぶって、サメの顎へ打ち当てた。回転しながらすっ飛んでいったサメは、数メートル先の空中でなんとか踏み留まる。


「手強いな。同じ手は二度喰らわねぇか」


 サメを数メートルしか【発射】できないとなると、ロクな時間稼ぎにはならない。ロドンの心裏に焦りが募る。


 突如、ロドンの視界一面が照らされた。光は背後にあるようだった。


「ロドンさん!」

 ロドンは、クレスの声に振り返る。


 光源は空の上にあった。白く巨大な渦が、夜空の中央に鎮座していた。それはさながらフィクションで描かれる、異次元への繋がる門のようだった。


「何だアレ!?」

 ロドンは、手で額にひさしを作りながら白い渦を見上げた。

「門、です」

 クレスが小さく口にした。

「はぁ?」

「転生者が現れる門です!今からここに、転生者がやってきます!!」

 クレスが大きな声で叫んだ。

「はぁ!?」

 転生者という言葉で、ロドンはサメの存在を思い出した。


「──しまった!」

 振り返るが、姿はない。


「おい!サメどこ行った!?」

 ロドンとクレスが右を、左を確認する。


「あっ!あんなところに!」

 サメはロドンとクレスを放置して、白い門の真下へと向かっていた。


「あいつ、俺のことはもういいのか?」


「……!そうか、門の下で待ってれば転生者が降ってくることを知ってるんだ!」


 ロドンはクレスの推理を聞いて顔をしかめた。おまけに舌打ちもした。

「そりゃマズい」

 クレスが頷く。

「ええ。【巨大化】【空間飛行】【硬質化】【再生】に加え、5つ目のスキルを取られればもう手がつけられません」


「スキルの奪い合いだな!」

 ロドンが駆け出し、クレスが追従する。


 獲物を待つサメは、白い門の下をぐるぐると周回していた。


 背の高い草の陰から、ロドンが不意に出現する。

「浮気かぁ!?この野郎!」

 ロドンがサメの頬を殴る。不意を撃たれたサメは、50メートルほど吹き飛ばされた。


 ロドンは背中越しに声をかける。

「俺が足止めする!クレスは転生者を確保しろ!」


「了解です!」クレスが天を仰ぐ。


 白い門の中心に、小さな影が現れた。横たわった人らしき形だ。


「──来た!」

 クレスは目を輝かせた。しかし、すぐに眉をひそめる。

「……何、あれ?」

 無理もなかった。なんせ転生者はクレスの知らない世界からやってきているのだから。


 ──降りてきた転生者は、宇宙服に身を包んでいた。

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