二度目の対峙

 ならずものたちを縄で拘束し終えたロドンは、手についた埃を払う。

「これでよし、と……」

 さらに眉をひそめて、遠くの森を伺った。

「炎も……消えてるっぽいな」


「火は焚いておいてあげましょう。野犬が来ちゃいますから」

 クレスは、新しく抱えてきた枝の束を乱暴に落とすと、着火した。


「……ねえ」

 商人の女が口を開く。自白剤の効力はすっかり抜けたようだ。


「どうしました?」

 クレスが振り返る。


 女は、辺りを不安げに見回している。

「なにか……聞こえない?」


 三人は黙って耳を澄ました。都市部から離れた草原では、風が草木の間を通る音と川の流れる音だけが聞こえる。


その中で、クレスの耳が微かな空気の震えを感じ取った。


「──上ですっ!あれ!」

 クレスの指差す先。遠くに巨大なサメの姿が見える。夜空の彼方から飛来する捕食者の影は、少しずつ大きくなっていた。近づいてきているのだ。


「サメ……あっ、もしかしてアレが……『ブラックホール』……!?」

 女の顔から血の気が引いていく。


「見つかったか。派手にやったからな」

 ロドンは、立ちつくす女の袖を引っぱった。

「逃げるぞ」

 女は、怯えた顔で首を縦に振る。


「クレス!飛んで逃げられるか!?」

 ロドンは、隣を走るクレスへ呼びかけた。


「すみません、箒は二人乗りなんですっ!」

 クレスは、走りながらぺこぺこと頭を下げる。

「三人も載せたら、多分逃げ切れません!」


「じゃ、オレが囮になるしかねぇな」


「えっ……ああそうか、サメはスキル所持者を狙うんでしたね!」

 クレスは振り返って、少し後ろを走る女に叫ぶ。

「お姉さんは、私たちから離れてください!アイツはロドンさんを狙っているので!」


「バカ言え、夜の草っぱらに置いてけるかよ!」

 ロドンが怒鳴った。


「そ、それもそうです!じゃあどうすれば……」


 ロドンは親指で女を指す。

「クレス、お前はコイツを連れて街に逃げろ」

 足を止めて、サメの姿を見上げた。


「え……えぇ!?いやいや、いくらロドンさんでもそれは無茶ですよ!」


「どうにかなる……かはわからねぇけど。なんとかする」

 腰にかかった刀を抜いた。


「……!」

 クレスはわずかに思考した後、箒を空へ放り投げた。

 商人の女へ人差し指を向けると、箒がひとりでに飛んでいく。


「わっ、何これ?」

 箒は、女の背負い籠を引っ掛けた。

 クレスは来た道を振り返り、その先を指差す。

「ダエーの街へ!」


「へっ、これ大丈夫なやつ!?」


「大丈夫ですっ!多分!」


「『多分』なの!?」

 怯える女をよそに、箒はクレスの命に従い闇の向こうへ消えていった。


ロドンはクレスのそばへ駆け寄る。

「いいのか?」


相棒バディですから」


「……そうか」

 ロドンは、飛来するサメを見据えた。


 数十メートルまで迫ったサメの眼は、ロドンたちをまっすぐ見据える。あと数秒もしないうちに交戦が始まることは、捕食者の瞳に溢れる興奮が示していた。


「これでもう逃げる足はねぇ。迎撃するぞ、『相棒』」

 ロドンは左足を半歩前に出し、剣を構えた。


「了解です」

 クレスは口元だけ微笑んで、鞄に手を突っ込んだ。

「例のように、時間稼ぎをお願いします」


「任しとけ!!」

 ロドンは、先に輪を作った縄を発射した。輪がサメの背びれへ引っかかる。続けてロープの持ち手部分を体に巻き付け、撃ち出した。

「【発射】!」

 ロドンの身体が、サメの頭上へ躍り出る。


「頭を叩っ斬れば、大抵の生き物は死ぬ!!」

 サメの鼻っ面へ、銀の刃が振り下ろされた。金属のような高い音が響く。

「……!?」

 力を入れてし切ろうとしたが、刃がサメの肉を裂くことはなかった。

「硬ってぇ……!」

 スキルだ、とロドンは悟る。感じた手応えは鉄の塊のようで、およそ生物の肉とは思えなかった。

 サメの顎が、ロドンの下半身へ喰らい付く。ロドンは歯を食いしばった。

「クソったれ!」

 ロドンは拳を握ると、サメの頬へ力いっぱいの拳骨を喰らわせた。

「【発射】ァ!」

 サメは勢いよく、数十メートルを吹き飛ぶ。その拍子にロドンは口から振り下とされ、着地した。


「ロドンさんっ!」

 クレスは、瓶を投げて寄越した。


 瓶は、無色透明の液体で満たされている。

「サメの肉を溶かす薬です!一瞬でドロドロですよ!!」


 ロドンは苦笑いした。

「なかなか、恐ろしいもんを手渡してくれるなぁ……」

 ロドンは瓶を全面へ掲げた。

「喰らいやがれッ!」


 瓶はサメへ向かって射出された。鼻先に当たると砕け、透明な液をぶちまける。

「当たった!」

 クレスは小さな拳を握った。


 顔は液化し、白い歯と骨が露出した。サメはやたらめたらに身を捩り、天へ向かって苦悶の叫びを上げる。


「やったか……?」


 突然、傷口は泡立つように膨れ上がる。隆起した肉は、サメの頭を形作った。

「治りやがった……!」


「【再生】のスキル!?」

 血塗れのサメは、傷一つない頭をロドンとクレスへ向けた。


「来るぞッ!」

 ロドンは迎撃の姿勢をとる。


 唸り声を上げ、捕食者サメが空中を泳ぎだす。

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